Saunology -Studies on Sauna

Saunology -Studies on Sauna-

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麦飯石

 「麦飯石」という言葉をサウナ室や岩盤浴室で見かけることがあります。壁に麦飯石を使っている、という文脈が多いですが、麦飯石は水の浄化にも使われるようです。よく聞く「麦飯石」ですが、実際どういうものでどういう効果があるのでしょうか。今回は、麦飯石について見てみます。

 

薬石としての麦飯石

 そもそも麦飯石とはどういう石なのでしょうか。

麦飯石は火山岩中の花崗斑岩に属する。煙色の高温石英や白っぽい長石の比較的粗粒の結晶(斑晶)を微小な石英、長石、黒雲母などからなる黄褐色あるいは青灰色の石基が充塡した構造になっている。類似の岩石として石英斑岩があるが、斑晶が少なく石基も雲母分に乏しく、効能的には花崗斑岩にやや劣るとされている*1

麦飯石

(画像出典:奇石博物館HP)

 

 種類としては花崗斑岩の一種ということです。名前の由来は麦飯のおにぎりで、「その見かけが麦飯(むぎめし)むすびに似ていることから『麦飯石』(ばくはんせき)と呼ばれるように」*2なったといわれています。麦飯石は昔からその効能が注目されてきた石のようです。

麦飯石は約200年の昔から中国で皮膚病などの疾患に特効のある漢方薬として重用され、日本でも江戸時代には高価な薬石として珍重されていたといわれている*3

 古くから漢方薬として使われていたということですね。麦飯石が初めて文献にあらわれるのは、1596年の中国の文献「本草綱目」だそうです。中国では5世紀に365種の薬物を規定した「神農本草経」が刊行されて以来、薬物に関する文献が数多く作られました。「本草綱目」は、16部60類1892種を取り上げた分量の最も多い本草書です。1956年、李時珍(1518-1593)が作ったそうです*4

本草綱目

(画像出典:ウィキペディア | 《本草綱目》 金陵版 )

 

 「本草」という言葉がタイトルに入っています。「本草学」の辞書の定義は次のようになっています。

中国古来の植物を中心とする薬物学。500年ころ陶弘景のまとめた「神農本草」が初期文献で、明の李時珍が「本草綱目」に集大成*5

 植物を中心とした、自然物を研究した中国古来の学問ということです。「本草綱目」はその集大成とされています。

 「本草綱目」は林羅山によって徳川家康に献上され、1637年には和刻文のものが作られました。記載されているのが中国の本草であるにも関わらず、日本の庶民の間でも大流行したといいます*6

  この「本草綱目」に麦飯石がどのように取り上げられているかというと、「麦飯石は、匂いが柔らかに甘く、無毒で、主として全ての悪性の腫瘍を治す」*7と書かれているそうです。「全ての悪性の腫瘍を直す」という効能が紹介されています。

 麦飯石はほとんどが中国からの輸入だそうです。日本では、岐阜県が産地となっているようです。

昨今では,唯一国内では岐阜県で麦飯石の名称で産出されていますが,市場で流通しているのは,そのほとんどが中国からの輸入物で,北京市北方の山岳地帯の名称や北京麦飯石のように産地の名称を冠して,天津麦飯石・中華麦飯石・早新麦飯石・吉林麦飯石などと称し,水と関わりながら利用されています*8

 美濃白川麦飯石株式会社のホームページにも「日本で唯一の原産地」と記載されています*9

 

麦飯石と水の浄化

 古くから効能が注目されてきた麦飯石ですが、水質をよくするためにも使われます。そもそも花崗岩系の岩石は、薬効があったり水質をよくしたりすると言われています。

全国各地で薬効のある、あるいは水を改質する岩石が使用されているが、それらの多くは花崗岩系の岩石であることが多い*10

 中でも麦飯石は水をきれいにする石として有名です。どのような仕組みで水を浄化し、水質をよくするのでしょうか。

麦飯石を浸漬した水の日持ちのよさ、マイルドさはたしかな現実として捉えられている。この優れた効能の原因は鉱物の有する組成と組織に由来するミネラル溶出と強い吸着力とされている*11。 

 ミネラル溶出と吸着力がポイントのようです。ミネラル溶出、つまり麦飯石を漬けておくと、水にミネラル成分が溶け出すということです。

 吸着力は、水に含まれる菌や汚染物質を吸着する力ということです。美濃白川麦飯石株式会社のホームページによると、麦飯石の主成分が無水化ケイ酸と酸化アルミであること、多孔性(粒径0.5〜1.5mmで約83,000個/平方センチメートル)で表面積が広いことから、麦飯石は吸着力に富んでいるといいます*12。水に入れると、水中の遊離塩素や有害物質、菌などの汚染物質を吸着分解するそうです*13。つまり麦飯石はいらないものを吸着・分解して、ミネラルを水中に放出する、ということですね。

 実際にどのくらいミネラル成分が溶け出すのでしょうか。岡田昭次郎と今井大介は、花崗岩の水に対する溶出成分の比較の結果をまとめています。これは、純水1ℓにそれぞれの石の粒子(5~10㎜)を300g、常温で入れておいたとき、溶け出した成分の比較です。ここでも、麦飯石は岐阜県白川町のものが使われています。他の花崗系の石と、麦飯石を比較すると、たしかに麦飯石の場合は溶出する成分が多めのようです。 

麦飯石

 

 マグネシウム、カリウムについては他の花崗岩に劣る場合もありますが、麦飯石はカルシウムの溶出量が多いことがわかります。一番じゃないとしても、マグネシウム、カリウムも比較的高い数値となっており、溶出するミネラル成分全体が多いといえそうです。

 

 また、岡田と今井は高温処理した場合の麦飯石から溶出するミネラル成分についても比較しています。純水1ℓに高温処理した麦飯石の粒子(5~10㎜)300gを漬けた場合の結果です。

麦飯石

 

 カルシウムは温度が上がると増加していますが、マグネシウムは減少、900℃を超えると0になっています。単純に高温にすれば溶出するミネラル成分が増えるということでもないようで、また成分によっても違いがあるということですね。

 いずれにせよ、麦飯石を漬けておくことで水中のミネラル成分が増えることが期待できるのだということがわかりました。

 

麦飯石とサウナ

 サウナ室や岩盤浴室の壁に麦飯石が使われることもあります。麦飯石を使うことのメリットとして、よく言われているのが遠赤外線を放出する、ということです。

東名厚木健康センター

(画像出典:東名厚木健康センター男性側サウナ室 | 草加健康センター様よりご提供)

 

ルビーパレス

(画像出典:麦飯石サウナ | ルビーパレスHP)

 

 韓国のチムジルバンにも「麦飯石(メッパンソッ)チムジルパン」として麦飯石が使われています。麦飯石や玉石を温めることによって部屋全体を温める形の低温サウナです。ハンジュンマクは高温サウナ、チムジルバンは比較的低温のサウナという違いがある*14ということは「サウナ室の壁材 -黄土-」でも紹介しました。遠赤外線を発する麦飯石を使って、低温でもしっかり発汗できるというのが売りのようです。

佐賀ぽかぽか温泉

(画像出典:チムジルバン岩盤浴 大汗洞 | 佐賀ぽかぽか温泉HP)

 

 しかし、麦飯石が他の石よりもたくさん遠赤外線を放出するかというと、そうでもないようです。麦飯石が水を浄化する要因について、岡田・今井は他の岩石も遠赤外線を放出することから遠赤外線の効果とは言えないと指摘します。

巷間では薬石の効果を遠赤外線によるものあるいはマイナスイオン発生によるものとしていることが多い。(中略)多くの岩石も同様に遠赤外線を放射しており、遠赤外線の効果と断言することはできない*15

 また、治癒力などの効能を謳うものもありますが、これもどういう仕組みか不明です。ミネラルが水に溶けだす、というのは仕組みも理解しやすく、実際に他の石と比較したデータもありますが、石を熱することで何か人体に良いものが放出されるということは考えにくい気がします。薬石・漢方薬として治療に使う場合は、粉末にして患部につけて湿布をする、というような使い方のようです。石を温めて何か身体によい成分が放出される、ということはないように思います。

 麦飯石に限らず、石を温める、石を壁材に使うということ自体がよいのかもしれません。石が熱容量の大きい素材であることは「サウナと熱 -素材による熱伝導率・比熱の違い-」で見た通りです。

熱容量

 

 今回は麦飯石についてまとめてみました。サウナ室や岩盤浴室でよく見かける単語でしたが、水の浄化にも使われているわけですね。また、水質を考えるにはやはりミネラル成分がポイントになりそうです。今後、水風呂について考える際にミネラル成分の含有量、つまり硬度はヒントになる気がしています。 

 

 

参考文献・資料

SEOULnavi、「汗蒸幕・サウナ」2007年12月17日(最終アクセス日:2021年6月4日)

岡田昭次郎・今井大介「自然鉱石による水処理」大森豊明編『水~基礎・ヘルスケア・環境浄化・先端応用技術』、技術教育出版社、pp.256-268

温泉部「韓国のチムジルバンとは?ハンジュンマクとの違いや効果効能」2017年8月17日(最終アクセス日:2021年6月4日)

北海道立地質研究所(2000)「インタ-ネットで地学情報検索─その4 本草綱目について─」、『地質研究所ニュース』Vol.16 No.1、p.3

美濃白川麦飯石株式会社「麦飯石とは」(最終アクセス日:2021年6月4日)

 

*1:岡田・今井、pp.257-258

*2:美濃白川麦飯石株式会社HP

*3:岡田・今井、p.257

*4:北海道立地質研究所

*5:デジタル大辞泉

*6:北海道立地質研究所

*7:同上

*8:同上

*9:美濃白川麦飯石株式会社HP

*10:岡田・今井、p.261

*11:同上、p.262

*12:美濃白川麦飯石株式会社HP

*13:同上

*14:温泉部

*15:岡田・今井、p.263