前回、「温浴施設とろ過」ではろ過器の仕組みなどを見てみました。ついでに軟水風呂やシルク風呂の仕組みなども理解できたところで、今度は水風呂の水を冷やすチラーについて詳しく知りたくなりました。今回はチラーについて考えてみます。
(画像出典:錦糸町ニューウイングのチラー(Saunology撮影))
季節と水温
よくこの施設はチラーがある、ない、というような話をします。チラーは水を冷やす機械だ、ということはなんとなく知っていますが、チラーがなく人工的に冷やさない場合、水温は季節によってどのくらい違うのでしょうか。
東京都水道局のホームページには、都庁付近の水道水の水温が、月ごとにまとめられていました。
このデータによると、最も気温の高い8月には平均値が26.9℃となっており、1月の8.4℃と18.5℃も差があることがわかります。最大値で見ると、8月には28.3℃まで上昇するそうです。一方、1月の最小値を見ると7.6℃なので、暑い日と寒い日とでは最大で20℃以上の差があるということです。
とはいえ、水道水の水温の変動幅は、気温の変動幅に比べると小さく、安定していると指摘されています*1。実際に東京都の2020年度の月ごとの気温を見てみると、日最高が34.1℃、日最低が3.7℃で、30℃以上の差があります*2。また、一日の中での温度変化についても、気温の変動より水温の変動は幅が小さいことが東京都水道局のホームページからわかります。例として、2020年4月2日の水道水の時間変動と気温の時間変動がグラフ化されていますが、気温は9.8℃の変動があったにも関わらず、水道水の水温の変動は1.6℃だったとのことです*3。
(画像出典:東京水道局HP、「図2 水道水の水温(都庁付近)と東京(北の丸公園)の気温【令和2年4月2日】」)
気温の変動よりは変動幅が小さいとはいえ、季節によって最大20℃ほどは水温が違うということです。水風呂の温度で考えると、20℃の差は結構大きいですね。
チラーを使わない場合、水風呂の温度はどのくらいになるのでしょうか。温浴施設コンサルタントの小野康成の記事には次のように書かれていました。
チラーを使わないと水温は30度前後にまで上昇します
多くの方が火照った体で入浴する訳ですから当然と言えば当然です*4
季節によって水道水の水温が変わることに加えて、水風呂として使う場合は人の出入りがありますから、もとの水がそれなりに冷たくてもチラーで冷やしていないと水温は上がってしまうと考えられます。
チラーの仕組み
チラーとは何か、定義については東京理化器械株式会社のホームページに次のようなものがありました。
チラーは、水(液:低温熱媒体)を循環させて目的の試料、や装置(装置の一部)を冷却または加熱、温度制御する装置の総称です。
おもに冷却することを目的とすることが多いことから【Chiller(chill=冷やす)】と呼ばれています*5。
(画像出典:東京理化器械株式会社HP)
また、株式会社ユーアイ技研のホームページには次のような記述もありました。
チラーは様々な用途に使われており、水風呂だけではなく空調や工場の生産プロセスでの冷却にも活躍しています*6。
冷却目的で使われることが多いため「チラー」と呼ばれているものの、冷却したり加熱したりして温度をコントロールする装置の総称ということですね。
チラーには、空冷式と水冷式の二種類があるようです。仕組みについては、株式会社ユーアイ技研の説明がわかりやすいです。まず、空冷式は「ファンモーターの風で冷やした冷媒(フロンなどの物質)で浴槽の水を冷や」*7す方法だそうです。具体的には、次のような工程で、浴槽の水の温度をコントロールします。
① 冷媒圧縮器で圧力をかけて冷媒を高温の気体にする
② 高温の気体になった冷媒が空気側熱交換器を通ると、ファンからの風によって冷却され、結露となり水滴となる(液化する)
③ 液化した冷媒を減圧弁で減圧すると低温になる
④ 浴槽側熱交換器でぬるくなった浴槽水と熱交換する
⑤ ①に戻る*8
(画像出典:株式会社ユーアイ技研HP、空冷式チラー)
浴槽の水を直接冷やすのではなく、浴槽の水と熱交換をする相手の「冷媒」を冷やしているという仕組みです。「冷媒」を一旦高温の気体にし、その高温の気体が熱交換器を通るときにファンから出る風で冷やされて、結露して液体になる、その液体になった「冷媒」を減圧弁で減圧し低温にする、そしてこの「冷媒」と浴槽の水の熱交換によって浴槽の水を冷やす、ということです。気体から液体にするなど、状態を変える、つまり「潜熱」のところや、「発汗」のところでポイントになった気化熱を利用しているわけですね。
一方、水冷式チラーは、冷媒ではなく水を使って冷却する方法だそうです。具体的な工程は次のようなものです。
① 熱交換でぬるくなった冷却用水をパイプから散水する
② 散水された冷却用水はファンからの風によって冷却される
③ 熱交換器でぬるくなった浴槽水と熱交換する
④ ①に戻る*9。
(画像出典:株式会社ユーアイ技研HP、水冷式チラー)
浴槽の水と熱交換をした結果、ぬるくなった冷却用水をパイプから散水し、ファンの風で冷やす、浴槽水と熱交換をする、というような流れのようです*10。
どちらの方法も、冷たい「冷媒」や「冷却用水」と浴槽の水の熱交換によって浴槽の水を冷やすという仕組みなのですね。
ちなみに実際に温浴施設でどちらが使われるかというと、空冷式のようです。
ちなみに水冷式は水風呂の冷却には使わないようです。空冷式で事足りるということなんでしょうね、多分*11。
実際にスカイスパYOKOHAMAのチラー交換に関する記事にも「空冷式」という言葉がありました。写真も掲載されていますが、スカイビルの13階にチラーは設置されているようです。だいたいビルの屋上などに置くことが多いようですね。
水風呂の水温
水風呂の温度は何℃くらいがよいのか、自分は何℃くらいの水が好きなのか、そんな話をすることもあると思います。冷たければ冷たいほど良い、と思う人もいるでしょう。普段チラーで水風呂を冷やしているお店が、今日はチラーの故障で水風呂が冷えない、と聞くとがっかりする人もいるのではないでしょうか。
温浴施設コンサルタントの小野康成は、店のチラーの故障に際して、直してほしいという声が多い一方で、「直さなくてよい」という声も意外と多かったことを記事にまとめています。
そんな中、意外に多くのお客様から言われる事があります
”水風呂なおさんでもええよ・・・・”
想像はしていましたが、この声は思ったよりも多いのです
どういう事かといえば、冷たい水が苦手な人達です
サウナに入って熱さには耐えられるが、冷たい水は苦手であるという方は意外に、思った以上に多いのです
サウナ→ギンギンんに冷えたれ冷水
サウナ―にとっては当然と言うべき方程式、しかしこれが正解とは言えないと言う事です
余り冷たくし過ぎると好みが偏るので20℃くらいの設定という施設をよく目にしますが、ありえない29℃で満足といわれるお客様がこんなに多いとは驚きです
多分多くの施設でも29℃なんて恐ろしくて検証された施設はないのではないかと思いますが、不可抗力的な状況下で予期せぬ”なおさんでええよ”の声、
冷たい水風呂信者の集まる当店に於いては超マイノリテイーの声なき声を初めて聴いた気がします*12
それぞれ、人による好みもあるでしょうし、サウナ室の温度との関係も重要な気がします。また、水質が良いことが売りのサウナしきじや神戸クアハウスの水が、もし15℃以下のキンキンの水風呂だったら、同じように水質を感じられるのかということも疑問です。「温度感覚と痛み -水風呂編-」では、15℃以下になると「痛み」として認識されるということも確認しました。水質によっては、あまり冷やし過ぎない方がしっかり浸かることができてゆっくり熱交換を行うことができ、水質を堪能できるのかもしれません。とはいえ、冷たい水風呂にも良さがあり、ユーザーとしてはいろいろな水風呂があると嬉しいものです。
今回は水風呂とチラーについて考えてみました。水温だけでは水風呂の良し悪しは語れず、それは個人個人の好みの問題だけではなく、水質との関係やサウナ室との関係にもよるところがあり、なかなか複雑です。サウナ室の心地よさが温度や湿度、換気などさまざまな要素の組み合わせで決まるように、水風呂の心地よさも、温度を含むさまざまな要素の組み合わせで決まってくるといえそうです。
参考文献・資料
小野康成「サウナの水風呂は冷たくないといけないという思い込みは危険だ!!」『温活倶楽部』、2017年3月11日、(最終アクセス日:2021年5月28日)
株式会社ユーアイ技研ホームページ、「第九回 水風呂とチラー」2020年3月27日、(最終アクセス日:2021年5月28日)
気象庁ホームページ、「月ごとの値」(最終アクセス日:2021年5月28日)
東京都水道局ホームページ、トピック第3回 水道水の水温 | 水源・水質 | 東京都水道局
(最終アクセス日:2021年5月28日)
東京理化器械株式会社ホームページ、「チラーってなに?」(最終アクセス日:2021年5月28日)
横浜スカイスパ オフィシャルニュース「水風呂の温度を低く保つための空冷式チリングユニットを交換しました。」2016年4月22日(最終アクセス日:2021年5月28日)