Saunology -Studies on Sauna

Saunology -Studies on Sauna-

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公共の浴室のマナー問題

 サウナのマナーについて話題になることが増えました。イラストを使ったり項目をまとめたり、いろいろなものが見受けられます。しかし、公共の浴室でのマナーについての問題は、今に始まったことではなく、長い歴史があるようです。今回は、公共の浴室でのマナーについて考えてみます。

  

湯屋のマナー問題

入浴のマナー

(画像出典:熊本県公衆浴場業生活衛生同業組合 HP)

 

 公共の浴室でのマナーについての記述は、銭湯が「湯屋」と呼ばれていた1800年代から見られます。例えば1876年の『読売新聞』には、次のような記述があります。

貴社の新聞にたびたび湯屋のお諭しが出ますが實に御尤も其内にも風呂の中で立ちながら洗ッて居る人が有りますが傍の人に湯がかかッて終には喧嘩口論にも成ましやうしまた湯も早く濁りますから其爲の流しへ出て洗ひたいものまた流し板へ啖唾を吐く人が間々有ります*1*2

 風呂の中で立ったまま洗っている人がいると、他の人に湯がかかって喧嘩になることがあるということ、それによって湯が濁ってしまうことなどが書かれています。痰や唾を吐く人がいることも指摘されています。「 貴社の新聞にたびたび湯屋のお諭しが出ますが」とあることから、『読売新聞』にはこの時代、度々湯屋の使い方、マナーについて取り上げられていたことがわかります。

 また、1900年代に入ってからも、こうしたマナー問題についての言及はたくさん残っています。1915年の『読売新聞』「湯屋で硝子戸を開けて置く人」には、次のように書かれています。

寒い時のお湯屋でよく苦々しく感じるのは人によるとガラガラと硝子戸を開て流しの外に出たまま體を拭いてゐることで、風の強い日などは殊に湯氣に蒸されて暖まり切つてゐる流しの中にひやひやと冷い風が流れ込んで、洗つてゐる人達の寒いことつたらありません。それを悠々と體を拭いたり顔を撫でたり、又手拭いを揉み出したり。自分はすつかり温まつた體なので平氣なのでせうが、餘りに氣が付かなすぎると思ひます。女は殊にさういふ一寸したことでも其人の日常が窺はれるものですから(中略)其邊はよく注意して頂きたいと思ひます*3*4

 風呂から出る人が、浴室の扉を開けっぱなしにして身体を拭いているため、浴室に冷たい空気が流れ込んできてしまう、という話題です。今でも銭湯の扉などをちゃんと閉めないで、中から「閉めてちょうだい」と言われている人を見かけることがあります。ちゃんと閉めなさいと注意したあと「これだから若い人は、何も知らないんだから」と不満を漏らしているのを聞いたこともあります。100年前にも同じことで腹を立てていた人がいたのですね。この記事は女性は特にそういうちょっとしたことで日常がうかがえるので気をつけなさいという結びになっています。

 また、こうした文脈で「湯屋道徳」という言葉も出てきます。1921年の『読売新聞』「湯屋道徳」という記事では、マナーの啓発について取り上げられています。

どこの浴場でも見ることですが入浴客が上り湯を使つた手桶に湯を半分程残して出て行きますからあとから来た浴客は勢その湯を流さねば使用されませんがその下に洗つてゐる者はつめたく冷え切つた不潔な湯を折角洗つた所へ流しつけられて大変迷惑です*5

 この記事は、こうした「湯屋」のマナー問題について、大妻高等女学校の生徒たちが宣伝ビラを作って浴場や人通りの多いところで配布し、啓発に努める、という内容の記事です。「生徒一同協力して湯屋道徳を宣傳する」*6とあります。

 今から100年以上前、湯屋の時代から、マナーの問題は繰り返し取り上げられていることがわかります。

 

銭湯のマナー問題

マナー

(画像出典:ぽかなび.jp)

 

 戦後、「銭湯」と呼ばれるようになってからも公共の浴室でのマナー問題は続きます。例えば1951年には「銭湯の公衆道徳」という投稿があります。

近ごろ、公衆道徳が少しずつよくなつてきたのに、私たちの一ばん身近な公衆浴場の道徳がまだナオザリにされています、身体も洗わずにいきなり湯ぶねに入つてきたり、湯ぶねの中で身体を洗つたり子供に放尿させたりしています、まさか自分の家のフロではこんなことをする人もないでしょう

銭湯はみんなの浴場です、入るときは家庭のフロのつもりで、お互いに気持ちよく入りたいものです*7

 自分の家ではやらないだろう、というところが興味深いです。公共の場だからより気を遣うということではなく、自分の家ではないので不衛生なこともできる、ということですね。家風呂も増えてくる中、こうした観点も出てくるということでしょう。1951年の記事でまだまだ銭湯での公衆道徳が問題、とされていますが、10年後の1960年の新聞にも、近頃は常識はずれの人が多い、と嘆く投稿が掲載されています。例えば「銭湯を楽しい場所にしよう」という1966年の記事には次のように書かれています。

一日の疲れと汗を洗い流すために行く銭湯が、近ごろは、全く常識はずれの人が多いのに不愉快な思いをすることがずいぶんある。それらを箇条書きにしてみるとー①カランの前を占領しないこと②髪洗い専用のオケに子供を入れておかないこと③色のついたものを洗たくしないこと④湯舟の中で軽石で手をこすらないこと⑤鼻をかんだり、歯をみがいた湯を流さないこと*8

  繰り返し出てくるマナー問題ですが、「近ごろは」という言い方に最近そういう人が増えたというニュアンスを感じます。マナー問題に言及する記事は、どの時代のものも「近ごろは」というような表現を使っていて、興味深いです。カランの前の場所取りや占領は2020年代の今もよく話題になります。オケに子供を入れておくというのはなかなかインパクトのある項目ですが、このように箇条書きにされるということは、よくある光景だったのでしょうか。この記事は次のように締めくくられています。

着物をぬいで、人間本来の気持ちが赤裸々に出てしまうためなのか……。遠慮していたら、お湯もろくに使えない始末である。ふろ上がりを、そよ風に吹かれながら、わが家に帰るときが、庶民にとって最高によい気持ちなのだ。入浴のとき、お互いにもう少し公衆道徳をわきまえたら、もっと楽しい場所になるはずだと思う*9

 お互いに「公衆道徳」をわきまえたら気持ちよく利用できるのに、ということですね。翌年、1967年にも「公衆浴場のエチケット」という記事がありました。

ところで、私は銭湯にきていつも思うのですが、衣類を脱ぎながらあたりかまわずにぱっぱっとほこりを払う人をよく見かけます。本人はきれいになるのでよいでしょうが、他人にはたいへん迷惑です。そのくらいのことがわからないものかと腹が立ちます。

またからだに石けんをつけたまま平気ではいってくる人、そうかといえば湯ぶねの中でからだを手ぬぐいでごしごし洗っている人。伝染病はこういうところからうつるに違いない。もう少し常識的になり、きれいな気持ちのよい銭湯でありたいと思います*10

 投稿者は結構怒っています。湯舟の中で身体をこするのは確かに汚いな、と思っていたところ、さらにびっくりする内容の記事もありました。1970年の記事です。

汗を流しに三十八円出して銭湯に―。しかし、そこに待っているのは、さっぱりした清涼感ではなく、良識のない人々の不愉快な態度だ。

まず下半身も流さないで直接湯ぶねにはいってしまう人、湯ぶねの中で裕然とたばこをくわえ、その灰が湯に落ちても平気でいる人、洗い場で手鼻をかんだり、タンをはき出しては流している人―。必ずといってよいほど、こうした不道徳な人を見る。本人にしてみれば、気にならないことであるかもしれないが、場所は公衆浴場の中である。困ったことだ*11

  湯舟でたばこを吸う、なかなか今は見られない光景です。そもそも浴室内は禁煙だったのか、湯舟の中でなければ吸うことができたのか、いろいろ気になります。

 湯舟の中のたばこに比べると、マナー違反なのか、と思うような投稿もあります。1970年『読売新聞』の「銭湯で節度がほしい」という記事です。

世間には神経質な人がいるらしく、公衆浴場で上がり湯を幾度も浴びて出て行く人がいる。こちらがまだ首もすわらぬ乳児をだきかかえて洗っている隣で、バシャバシャはねかえされてはたまらない。中には中腰で何回も湯をかぶるオバサマもいる。

そんなに上がり湯をかけたからといって、清く美しくなるわけでもなかろう。分別盛りのはずのオバサマたち、もう少し浴場でのエチケットをわきまえた方が、よほど美しく見えますよ*12

  「節度」と言っているように、マナー違反というより周りにもう少し気遣いを、というような感じでしょうか。上がり湯を浴びること自体は、問題なさそうに思いますが、お湯がはねてかかるのが嫌だということですね。こういう例は、たばこ等に比べて更に人によって認識が違ってきそうです。

  2020年代の今も、マナー違反と感じたときに声をかける人、かけない人がいると思いますが、昔から声をかける人もいました。1973年『読売新聞』の「銭湯のマナー」という記事には次のような投稿がありました。

いつも銭湯で感じることですが、湯船の中にタオルを入れてゆうゆうと入っている人がなんと多いことでしょう。それだけでは気が済まず、タオルで体をこすっている人もいるのです。「お湯が汚れますから」と注意してもおかまいなしです。

銭湯はみんなの浴場です。そんなところでこのようなことをするのは、社会人として恥ずかしいことではないでしょうか*13

  これは大学生の投稿です。注意しても聞いてもらえない、という話ですね。若い母親のオバサマのマナーについての投稿や、大学生目線の投稿など、いろいろな「マナー問題」への視点があります。

 「最近では」ということを強調している記事もありました。1979年『読売新聞』の「『銭湯』マナー落ちたネ『陣取り 髪の毛 板の間ビショビショ……』」という記事です。

大きい湯舟で、近所のお年寄りの世間話を聞いたりして、それはそれでまた楽しい。ところが、そんな公衆浴場で、「入り方のマナーを知らぬ無粋な輩(やから)が増えて困る」という投書を続けていただいた。時節柄、さっぱりしに行くのに、かえって”不快指数”が高くなるんじゃたまらない……*14

 この記事では「マナーを知らなぬ無粋な輩が増えて困る」とあるように、マナーを知らない人が増えたということを取り上げています。具体的には、次のような問題が指摘されています。まず男湯についてです。

「洗い場のじゃ口ごとに、ズラリ洗面用具の列。持ち主たちはゆうゆうふろにつかっている。何のことはない。ふろに入る前に、洗い場に用具を置いて一種の”陣取り”なのだ。下宿生活六年、銭湯の常連だが、一、二年前まで、こんなせちがらい習慣はなかった」(学生23)*15

 今だと場所取りは女湯に多い印象ですが、当時は男湯で問題になっていたようです。次に女湯の状況についてです。  

「私の行く浴場では、脱衣場にクーラーを備えつけているが、その前に行って風に吹かれながら、髪をとかす人が多い。ところが、風と共に髪が脱衣場内に飛び散って、他人の衣類や時には赤ちゃんの顔にも……。本人は気持ちいいでしょうが、あまりに無神経」(主婦33)*16

  クーラーの風を浴びながら髪をとかすのが迷惑、という話です。こうした状況について、代々木の「小泉湯」の主人のコメントも取り上げられています。

「確かにマナーが……ね。下湯を使わずに湯舟にドボン。洗い場のカラン(じゃ口)やシャワーの独占。そして体をふかずに脱衣所に帰ってくるから、床はビショビショ。自分さえよけりゃいいってんでしょうかね。一昔前は、カランだって譲り合って使ったもんですが、今はそんな光景、とんとお目にかかれません」*17

  身体を流さずに湯舟に入ること、カランやシャワーの独占、脱衣所にびしょびしょで出てくるなどの問題があるといいます。そして、それが「一昔前」にはなかったというのです。しかし、身体を洗わずに湯舟に入ること、カランの占領など、どれも過去にも取り上げられてきた問題です。マナー問題は、いつの記事も「最近は」と言っているように思います。
 

 サウナのマナー問題

サウナのマナー

(画像出典:名古屋ビーズホテル HP)

 

 以前「海外のサウナの入り方」や海外のサウナ注意書き」で海外のサウナの入り方や注意書きを紹介しましたが、今度は時代を下って、日本のサウナのマナー問題についての記事も見てみます。2002年の『毎日新聞』の投稿です。

 よく行く銭湯にサウナが付いています。水風呂の中にタオルを入れて汗を流している人がいました。1回目は見過ごしたのですが、2回、3回と同様なことを繰り返すため、「湯船にタオルは入れないようにしましょうよ」と極力優しく言ったのですが……。

 相手は、タオルを上げましたが、にらみ返し、またサウナに戻っていきました。にらめっこが続く、陰険な時間でした。
 公共のマナーを知らない人(本当は知っているのでしょうが)は、少なからずいます。電車でもカバンを脇に置いて自分のエリアを守る人。赤ちゃんを公共の場でますます激しく泣かす人。一人だけ先に並んで友人を列に割り込ませる人。
 新聞の社会面のいやな記事が目に付く最近、投稿主の夫の「こんな時世だからなぁ」という言葉もよくわかります。どうしたもんですかねぇ……。*18

   同じような投稿は、2009年の『毎日新聞』にも掲載されています。

  先日、サウナ室に入っていた時のこと。そこを出た中年の男性が水風呂に入るやいなや、タオルを水につけてザブザブと洗い、頭や顔をぬぐって上がっていった。その平然とした仕草にあっけにとられ、開いた口がふさがらなかった。

 そのほかにも、浴場に入ってきて前や後ろを洗いもせず、いきなり湯船につかったりする人を見かける。
 自宅の風呂ならいざ知らず、公衆浴場では衛生面からも入浴前には体をよく洗い、タオルを湯船につけないのが常識。施設内にも注意書きがある。マナーを守って利用したい*19

 どちらも男性の投稿者による記事で、水風呂にタオルをつけることについての苦言です。 一方、汗を流さずに水風呂に入る人についても、20年ほど前の2004年の『朝日新聞』に投稿があります。

  温泉ブームで温浴施設は盛況である。ところで最近はホテルや旅館、複合温浴施設にはサウナが併設されている。サウナ好きの私はうれしいのだが、マナーをわきまえぬ大人が多いのに悩まされている。

 「サウナを出たら汗を落として水風呂や浴槽へ」と注意書きがあり、館内放送でも呼びかけているので守る人もいる。その一方で、いきなりザブンと湯船に入ってくる。せっかく水風呂でいい気分なのに、他人の汗を浴びて不快になるのは私だけではないと思う。
 病気の感染には関係ないと思うが、社会的に視覚、聴覚が低下しているのではないかと思えてくる。公衆浴場法では、このような場合、当事者および浴場管理者には罰則もあると聞くが、有名無実のようだ。ちなみに同伴の妻の話では、女湯ではきわめてまれだそうだ。
 温泉にしてもサウナにしても、利用するのはおおむね複数の人である。他人が顔をしかめることのないよう心掛けてもらいたい*20

  社会的に視覚・聴覚が低下している、と指摘されていますが、洗わずに湯舟に入るというのは昔からメジャーな公共の浴室での問題でした。水風呂で汗を流さずに入る人について、「女湯ではきわめてまれ」*21とされていますが、たしかに少ないかもしれません。今、サウナブームによってマナーの悪い客も来るようになった、というような表現を見かけることもありますが、サウナのマナー問題も、今に始まったことではないようです。

 

マナーとルール

 公共の浴室でのマナーについての問題には長い歴史があることが分かる、今回紹介した新聞記事の内容をまとめてみました。

マナー

 

 こうして見てみると、公共の浴室でのマナー問題は今回取り上げた記事を見るだけでも約150年の歴史がある、普遍的な問題だということがわかります。いつの世にも、公共の浴室でのマナーが、という言説があるということです。

 マナーについて語るとき、「道徳」「常識」といった言葉が使われます。つまり「ルール」に基づくものではないということです。もちろん、館内で放送しているのに、掲示があるのに、というものもありました。投稿に明記されていなくても、店が定めたルールを破ってそういうことをしている人の「マナー」に苦言を呈している場合もあるのでしょう。しかし、そうでないものも多々あるように感じます。

 結局のところ、「マナー」「道徳」「常識」という、社会生活を営む上ではこうであるべき、という規範の問題である場合が多いのではないでしょうか。つまりはっきりとしたルールではないため、個人の価値観や性格などによるところがあるということです。そうであるからこそ、多くの人が使う公共の浴室でいつの世にもある、普遍的な問題なのではないでしょうか。気にする人と気にしない人がいる、価値観によっては問題ないと思うようなこともあるということでしょう。上がり湯を何度もかける、という例などは、お互いの価値観の違いの問題でもあるように思います。サウナを利用しない客にとって、露天風呂などでいつまでもぐったりとしているのが、必ずしもマナーの良い客とは言えないかもしれません。「ルール」ではなく「マナー」である以上、見方によって、立場によって変わる部分もあります。

 こうした問題がなくなるためには、個人個人の「道徳」「常識」に委ねるのではなく、各施設がルールを明確にし、破った場合のペナルティを設けるしかないのではないでしょうか。明確な「ルール」となり、客同士ではなく店側が対応をするのでない限り、100年後も同じような議論が繰り返されていそうです。

 

 今回は、公共の浴室でのマナーについて考えてみました。100年後、誰かが今のTwitter投稿などをまとめて、2020年代のマナー問題をまとめたりするのかなと思いながら、飽きもせず古い新聞を眺めています。

 

参考資料

『朝日新聞』2004年11月04日「湯船にザブン、大人は考えよ(声)」朝刊

『毎日新聞』2002年5月31日「みんなの広場:私は逆、注意して一日もんもん=会社員・長岡康雄・39」朝刊

『毎日新聞』2009年7月20日「みんなの広場:公衆浴場、マナー守ってほしい=無職・原田祥二郎・67」朝刊

『読売新聞』1876年3月23日「湯屋で傍若無人の客たち」朝刊

『読売新聞』1915年12月5日「[婦人付録]湯屋で硝子戸を開けて置く人」朝刊

『読売新聞』1921年12月13日「[お茶うけ]湯屋道徳」朝刊

『読売新聞』1951年1月3日「銭湯の公衆道徳」朝刊

『読売新聞』1966年6月1日「銭湯を楽しい場所にしよう」朝刊

『読売新聞』1967年2月28日「公衆浴場のエチケット」朝刊

『読売新聞』1970年8月25日「乱れる銭湯のマナー」朝刊

『読売新聞』1970年12月22日「銭湯で節度がほしい」朝刊

『読売新聞』1973年4月5日「銭湯のマナー」朝刊

『読売新聞』1979年6月22日 「『銭湯』マナー落ちたネ『陣取り 髪の毛 板の間ビショビショ……』」朝刊

 

 

 

*1:『読売新聞』1876年3月23日

*2:変体仮名を現代の仮名表記に改めるなど、表記を変更した箇所あり

*3:『読売新聞』1915年12月5日

*4:変体仮名を現代の仮名表記に改めるなど、表記を変更した箇所あり

*5:『読売新聞』1921年12月13日

*6:同上

*7:『読売新聞』1951年1月3日

*8:『読売新聞』、1966年6月1日

*9:同上

*10:『読売新聞』1967年2月28日

*11:『読売新聞』1970年8月25日

*12:『読売新聞』1970年12月22日

*13:『読売新聞』1973年4月5日

*14:『読売新聞』1979年6月22日

*15:同上

*16:同上

*17:同上

*18:『毎日新聞』2002年5月31日

*19:『毎日新聞』2009年7月20日

*20:『朝日新聞』2004年11月4日

*21:同上