サウナで温まったあとに水風呂に入ってじっとしていると、身体を膜が覆うような感覚があり、それほど冷たく感じません。この膜のことを「羽衣」と呼んだりしますが、この「羽衣」はどういう仕組みで発生している何者なのでしょうか。今回は「羽衣」について考えてみます。
「羽衣」のルーツ
サウナ後の水風呂でじっとしていると、身体の表面を膜が覆うような感覚で冷たくない、この膜を「羽衣」と呼ぶことがサウナ好きの間では定着してきたように思います。この「羽衣」という表現は、タナカカツキが『マンガ サ道』で使った表現です。
温度の羽衣
冷たい水が
ほてった身体で
中和され
うす~い温度の
膜ができる *1
「温度の羽衣」と表現されています。「羽衣」を体験した主人公の心の声は次のようになっています。
なるほど!
水風呂に
肩まで浸かってる
オッサンらは皆
この繊細な羽衣を
まとっていたのか!*2
(画像出典:『マンガ サ道』1巻 p.29)
そもそも「羽衣」とは何かというと、天女の着る衣のことです。『精選版 日本国語大辞典』の定義は次の通りです。
天人の衣装。天女がこれを着て空中を飛翔するといわれる。あまのはごろも*3。
日本の天女や、中国の仙女が、主に飛翔の道具として着ている衣のことです。日本の古い説話には、天女が何らかの理由で羽衣を地上で人間にとられてしまって、天に帰ることができなくなり、最終的に取り戻して帰っていくという話型のものがいろいろあります。天に飛び立つために必要な特別な衣を「羽衣」と呼ぶわけです。
空を飛べる魔法の衣の「羽衣」、薄く軽やかなイメージはうっすらと身体を覆う膜の形容としてたしかに馴染みやすく、多くの人に使われるようになったようです。
(画像出典:三保の松原『羽衣伝説』 | The One and Only・・・)
熱交換と「温度境界層」
この「羽衣」、どういう仕組みで発生しているのでしょうか。身体が温まっているから、ということは何となくわかりますが、もう少し仕組みを考えてみます。
「羽衣」は熱交換の結果生じていると考えられます。「熱交換」とは、温度が違うもの同士の間での熱の移動のことです。
温度の高い流体から低い流体へ熱エネルギーを移動させることを熱交換と呼びます。また、熱エネルギーは高い方から低い方へ移動する性質を持っています*4。
(画像出典:図解でわかる危険物取扱者講座)
温度が違う物質同士が触れ合うと、熱エネルギーが高い方から低い方に移動します。例えばスイカを川で冷やすのも、スイカより水の温度が低ければ、スイカの方の熱が水に移動してスイカの温度が下がる、という仕組みです*5。物質を冷やすには、その物質より低い温度のものに触れさせて、熱を移動させれば、つまり熱交換をすればよいわけです。
(画像出典:フリー写真素材のふくなな)
このように、温度が違うもの同士が触れ合うと熱が移動し、熱かった方の温度は下がり、冷たかった方の温度は上がるわけですが、しばらくすると間に「温度境界層」というものが発生するそうです。流体(気体・液体)を熱源で温めるときに、しばらくすると流体と熱源の間に「温度境界層」が生まれると説明されています。
流体の流れの中に熱源を置いてしばらくすると、その伝熱面と流体の間には、「温度境界層」が生まれます。熱いお風呂に入ってじっとしていると、やがて入浴直後よりはお湯の熱さを感じなくなります。それは、体の周囲のお湯が体温で冷やされ、少し温度が下がるからです。それと同様に、熱源の周囲の流体も、流し始めてしばらくは熱をすばやく奪うのですが、ある程度の時間が経つと、流体と熱源との間に温度境界層が発生し、放熱の効果が低下します*6。
風呂の例が取り上げられています。たしかに熱い風呂の場合も、最初は熱いと感じてもじっとしばらく入っていると熱さを感じなくなります。身体をお湯に入れたときに、温度差によってお湯と身体の間で熱交換が行われます。その結果、しばらくすると自分の身体の周りのお湯は、熱交換で身体の方に熱が移動した結果、少し温度が低くなるわけです。熱いお湯と身体の間に、少し温度の下がったお湯が薄い膜のようにできる、これが「温度境界層」ということのようです。そして、この「温度境界層」は、熱交換を妨げるといいます。つまり、「温度境界層」がない方が活発に、速く熱交換が行われるということです。膜ができることによって、熱交換の速度が遅くなる、というイメージでしょうか。
この「温度境界層」は、「流体の粘度、流れの速さによって厚みが変わり、薄いほうが熱伝達の効率がよく」*7なるそうです。厚い層ができてしまうと、熱交換の速度がゆっくりになるというのは何となくイメージできます。
(画像出典:「対流熱伝達」による放熱シミュレーションの基礎知識 | TECH TIMES 製造エンジニアのための技術情報メディア)
「羽衣」の正体
サウナで体温が上がった身体で水風呂に入ると、熱いお湯の場合と同じで最初は少し冷たく感じますが、じっとしているうちに冷たさを感じなくなってきます。そして身体を覆う膜、「羽衣」を感じるようになります。これは、熱い自分の身体の熱が水風呂の水を冷やし、熱交換していくうちに自分の身体の周りの水の温度が少し上がり、冷たい水と自分の身体の間に温度の上がったぬるい水の層、「温度境界層」ができるためです。つまり「羽衣」の正体は「温度境界層」だということですね。
「温度境界層」は、身体と水やお湯の間に、全体の水・お湯の温度と違う層の温度の膜ができる状態なので、熱いお湯にせよ水風呂にせよ、動かずじっとしているとできてくるといえます。動いてしまうと、身体と熱交換をして温度が下がった水が身体の周りにとどまらず、冷たい水がまた身体の方に寄ってくるので、膜が発生しません。ばちゃばちゃと動いたり、バイブラがあって水が常に動いている水風呂では「羽衣」が生じにくいのはこのためです。『マンガ サ道』でも、「羽衣」が壊れやすいことが描かれています。
だけどその衣は繊細で
人が入ってくると
水が動いて
衣は散れヂレに
破けてしまう*8
(画像出典:『マンガ サ道』1巻 p.30)
人が入ってくれば水が動いて、自分の周りにできていたぬるめの水の層が冷たい水と混ざってなくなってしまうわけですね。じっとしていることで、水風呂全体の冷たい水と、自分の身体の間にぬるめの水の層が留まることで、「温度境界層」=「羽衣」ができるという仕組みです。
今回は、「羽衣」の仕組みについて考えてみました。バイブラで水が動いているか、動きがなくきんと張っているか、水風呂の種類によって「熱交換」の速度が変わるわけです。冷え方が変わりますから、この「熱交換」の速度、「温度境界層」のできやすさにも好みが出てきそうです。また、それは水風呂の水温、サウナ室の温度との組み合わせ、水質との関係などによっても変わってくるでしょう。サウナ・水風呂は奥が深いです。
参考文献・資料
『精選版 日本国語大辞典』
タナカカツキ、『マンガ サ道』1、講談社
デクセリアルズ株式会社ホームページ、「対流熱伝導とは何か」(最終アクセス日:2021年7月16日)
日阪製作所ホームページ、「熱交換の原理」(最終アクセス日:2021年7月16日)
モノタロウ、「空調設備の基礎講座」(最終アクセス日:2021年7月16日)