Saunology -Studies on Sauna

Saunology -Studies on Sauna-

サウナについて調べ、考え、まとめるブログ。知れば知るほど、サウナにはまだまだ謎がある。その謎を解き明かしていくために、サウナについて様々な角度から考察してサウナ理解を深めます。身体で感じるだけでなく、頭で仕組みを考えるとサウナはもっと楽しい。サウナ好きがサウナをもっと知りもっと楽しむために始めたサウナ考察ブログ。 お問合せは下記までどうぞ。 saunology37@gmail.com

良いサウナ室の条件とは②

 「良いサウナ室の条件とは①」では、Niilo Teeriの論文"The Climatic Conditions of the Sauna"について、Teeriの挙げる良いサウナ室の条件を考える上で重要な4つの要素のうちの2つ、温度と、ロウリュと湿度の2つを見てきました。今回は残りの2つ、熱輻射と換気について見てみます。

 

良いサウナ室の条件

 Teeriはサウナ室内のコンディションを構成する要素は次の4つであるとしています*1

サウナ 構成要素

 Teeriは、この 4つ全てが最適の状態にある時、サウナ室内は理想的な環境であるとしています。

 

熱輻射

 Teeriの考えるサウナ室を構成する要素の3つ目は熱輻射です。Teeriは、サウナ室内の熱輻射は重要な要素であるにも関らずあまり注目されてこなかったと言います*2。Teeriによると、濡れた人の肌は熱を非常に吸収しやすく、真っ黒い物体と同じくらいの熱吸収をすると言います*3。そして、サウナ室の壁が十分にあたたまっていない状態だと、ストーブからの熱が非常に強くなり、一方向からだけの熱になり心地良くないと指摘します。一方、壁がしっかりあたたまっている状態であれば、熱は全ての方向からほぼ均等に身体に向かってくるので、心地良いとしています。

When the walls of the sauna are sufficiently hot, the heat radiation comes relatively evenly from all sides.

(サウナ室の壁が十分にあたたまっていると、熱は比較的均等に、全ての方向から向かってきます。)*4

良いサウナ室の条件_熱輻射

 

 「サウナと熱 サウナ室の中の熱」で見たように、温められた物質は輻射熱を発します。壁が十分に温まっていれば、ヒーターからの熱だけでなく壁の発する輻射熱も身体に届きますし、熱い壁に触れた空気が温まり、その空気によって身体に届く対流熱も発生し得ます。壁が温まっていれば、ヒーターからだけでなく壁からの熱も私たちの身体は受け取ることになるので、全身に熱が届くということでしょう。

 Teeriは壁が温まっておらず一方向からしか熱が来ないサウナ室について

It hits the body from one side only and creates a disagreeable feeling.*5

(熱は身体の片側だけに当たり、不快感を生みます。)

と言います。一方向からの熱だけ、例えばヒーター側を向いている身体の前半分だけに熱が届き、前半分だけが温まると心地良くないのは何となく体感でわかる人も多いかもしれません。顔ばかり熱くなる、というのも、正面を向いていてかつ高い位置の顔が熱くなってしまい、長くいられず、身体が温まる前にサウナ室を出たくなってしまうということかもしれません。

 壁まで良く温まっていて、全方向からの熱でしっかり身体が温まるのが良いサウナの条件と言えるようです。

 

 換気

 最後に換気です。換気の必要性についてTeeriは、呼吸よりも発汗との関係が重要であると考えています。

the bathers themselves discharge humidity into sauna air, generally over one kg of sweat per person/hour in the sauna room. This must be removed from the sauna by ventilation.*6

(入浴する人自身もサウナ室の空気中に水分を放出し、湿度を上げます。一般的に、1人の人が1時間サウナ室にいると1kgの汗が流れます。これは、換気によってサウナ室内から取り除かれなければなりません。)

 成人男性は、1時間に1~2kgの汗をかき得ると言います。つまり、3人の男性が20分サウナ室にいた場合、合計1kg以上の汗がサウナ室内で発生すると考えられるわけです。そして、この汗は"it has to be removed effectively out of the sauna"(効率よくサウナ室の外に出す必要があります)*7、と考えられています。

 効率良くサウナ室内の空気を入れ替えるために換気は重要ということですが、Teeriはこれを薪を燃やすストーブの場合と電気ストーブの場合で事情が異なると指摘します。

 薪を燃やすストーブの場合、床に近いところに穴が開いてさえいれば、汗は効率良く外に運び出されると言います。Teeriは、伝統的なスモークサウナを例に挙げます。良いスモークサウナは、床に近い下の方の隙間から換気をしていると言います。新鮮な空気をストーブが天井の方まで持ち上げ、やがて落ちてくる動きをする中で、汗を含んだ空気を巻きこんで外に出て行き、効率良く空気が入れ替わると言うのです。Teeriは、薪を使う場合、火を燃やすので気流の流れが生まれて、下に穴が開いていればこの動きが自然に生まれると考えます。

スモークサウナ

スモークサウナ

(画像出典:株式会社METOS HP

 

 一方、電気ストーブの場合は、火を燃やした時に発生する気流が生まれないため、人工的に換気する仕組みを作って、この動きを作る必要があると考えます。

The situation chabges with electrically heated saunas. As an electric stove does not work asn an automatic ventilator, there must be a separate ventilation system.*8

(電気ストーブの場合は事情が違います。電気ストーブのサウナ室の場合は(薪ストーブのような)自動的な換気の仕組みが生まれないので、別に換気するシステムが必要です。)

電気ストーブの場合、火を燃やすわけではないため、気流が生まれにくく、熱の動きだけで新しい空気を上に上げて、古い空気を巻きこんで外に排出する、ということができないとTeeriは考えます。

Far too often this has been wrongly arranged by placing the air outlet close to the ceiling from where it removes a part of the fresh air mixture that is not contaminated with sweat. (中略)The correct solution is o place the outle well below the sitting bench.*9

(多くの場合、排気口が誤って天井近くに設置されています。これは、汗を含まない新鮮な空気が一部出ていくことになります。(中略)正解としては、排気口を座るベンチよりも下に設置することです。

上の方に排気口があるのでは汗を含んだ空気は除去されず、下に排気口を設置して換気をする必要があると言います。位置としては、いずれにせよ下の方から空気を排出する必要がある、ということになるようです。気流がないために人工的にこの流れを作る、というところの詳細には触れられておらず、換気についてはもう少し別の資料等から勉強が必要そうです。

 Teeriは換気の一番の役割を、汗を含んだ空気を外に出すことしとています。湿度とロウリュのところで、ロウリュによって100g/kgくらいまで上がった湿度が換気が良ければすぐに40g/kg~60g/kgまで下がる、とも書いているので、湿度調節という役割も考えているようですが、最も重要なものとしては汗を含んだ空気を効率的に外に出す、という点を強調しています。「サウナと汗 発汗の仕組み①」で見たように、汗は99.5%が水、残りの0.5%が食塩などです。人から出た物、と思えば綺麗ではないですが、空気中に蒸発した汗にそこまで神経質になる必要があるのかは少し疑問です。

  換気については、熱の対流の仕方やサウナ室にいる時の息苦しさとの関係なども含めて、今後別の記事で整理したいと思います。

 

 ちなみに、「サウナ管理士養成研修講座」のテキスト3冊目「サウナの設備学 サウナの構造的原理ほか」(2002年)の18~22ページには、この論文の内容がまとめられています。温度と熱輻射を一つにまとめて、「温度」、「湿度とロウリュ」、「換気」という項目にしてあります。該当ページに出典は書かれておらずTeeriの名前は見られませんが、出てくる数値や細かい記述などが同じであり、図もほとんど同じものを少し書き直したものが記載されています。明らかにこの論文を踏まえていると思うのですが、該当ページに元の論文について全く記載がないのは驚きです。このテキストは日本サウナ協会(現日本サウナ・スパ協会)が出しているテキストです。一般の人であっても剽窃と思われるような記載の仕方は当然問題ですが、サウナ・スパに関する正しい知識の普及を担い、講座を開講する協会としてはなおさらです。冒頭に「フィンランドでは」と一言あるものの、権威ある組織ですから、内容について読者は協会の見解だと思うのが自然でしょう。また、原典の記載は著作権の観点から必要なのは当然ですが、原典の情報を書けば関心のある人は原典にもあたることができます。協会としては、そのようなところまで考えてほしいものです。サウナ・スパ協会と言えば、「サウナと汗 デトックス効果は都市伝説」でも『サウナ・スパ健康アドバイザー公式テキスト』の汗の役割についての記載も正しくないのではないかと紹介しました。「サウナと歴史 『枕草子』の塩風呂の謎」でも、協会発行の『SAUNA』334号に記載されている『枕草子』の塩風呂についての記載が、原典『枕草子』には見られないものだと紹介しました。権威ある協会の発行物ですから、普通は内容を信じますし、信じられるものを出してもらいたいものです。

 

「良いサウナ」という考え方

 ここまで、Teeriの考える理想的なサウナ室の条件について、4つの構成要素を見てきました。

 サウナ室のコンディションは様々です。そして、Teeriが繰り返し述べているように、好みは人によって違います。そして、Teeriの言う理想的な範囲に入っていないからと言って、良くないサウナ室であるとも言えません。例えば湿度についても、計測・算出結果を見た時、Teeriの理想とする範囲に入るのは一部で、他が良くない、ということではありませんでした。

 カラカラで熱いサウナ室が好き、という人もいるでしょう。そういう人にとって絶対湿度40g/kg~60g/kgのサウナ室は湿度が高すぎるかもしれません。サウナ室は多様で人それぞれの好みに合わせられるのも良いところでしょう。その日の気分によってコンディションを選ぶことができるのも嬉しいです。

 そもそもTeeriは、フィンランドのサウナ室に関して理想の値を考えています。それだけが「良いサウナ室」ということにはなりません。今回、Teeriの論文を紹介したのは、フィンランドのサウナ室が理想的であると言いたかったわけではありません。最近では「サウナブーム」という言葉をよく聞きますが、その中でもサウナの本場はフィンランドで、フィンランドのようなサウナが目指すべきサウナであるという論調も少なくありません。2019年9月19日発売の『週刊モーニング』に掲載されたマンガ「サ道」では、フィンランドのサウナこそが良いもの、日本のカラカラのサウナはよくないというような描写もありました。

 しかし日本では日本の環境に適したサウナが発展してきて、その歴史の上に今のサウナブームもあるはずです。フィンランドのサウナに対して「本場」と憧れるだけではなく、日本のサウナを世界に向けてアピールして、海外の人にも楽しんでもらおう!というくらい自信を持つことが、昨今の温浴施設の閉店ラッシュに歯止めをかける一助にもなるのではないでしょうか。Teeriの分析のように、日本のサウナ室についてもそれぞれの要素について分析し、良いサウナを検討するくらいの試みがあっても良いと思います。サウナ・スパ協会のテキストは、Teeriの論文と同じ内容を紹介しているので、実態と合わない部分もあります。引き続きサウナ考察を続けて、日本版の"The Climatic Conditions of the Sauna"*10を作りたいものです。そのためにも、この論文を理解することは示唆的でした。 

 サウナの好みは人それぞれ、かつ国によっても違ってくるわけです。とはいえ、一定のラインというものはあるでしょう。Teeriは、好みは人それぞれであるという前提のもと、次のように言います。

There are, however, certain guidelines that come from experience and investigations.*11

(しかし、一定のガイドラインは経験と調査によって出てきます。)

 極端な話、身体が温まらないほど温度が低ければ水風呂に入ることは難しいですし、あまりに息苦しく、汗の臭いがこもっていれば温まるまでいられません。サウナ好きであれば、その条件に合わせてそれなりの楽しみ方はできるものですが、それが良いサウナであるかそうではないか、という判断はあります。

 男性サウナと比べて女性サウナの温度が低いのはどうしてか、良いのか悪いのかなど議論になることもありますが、「温度が低い」というのにもサウナとして楽しむための最低限のラインがあるでしょう。色々なサウナに行くうちに体験したことがある人もいるかもしれませんが、一定のラインを下回れば、長時間入っても身体は温まらないものです。湿度があれば、という声も聞きますが、「サウナと湿度 湿度と温度」でも見たように湿度は温度との関係で決まるものですから、やはり前提として温度はとても重要です。具体的な施設名を挙げて温度の話などはなかなかしにくい風潮ですが、「温度が低い」と言えば批判と解釈されるのであれば、やはり、温度は高い方が良いという共通見解があるということだとも言えます。

 また、好みが極端で、息苦しく肌が傷つくくらいのセッティングが好きだ、という人もいるかもしれません。それは自由です。ただ、多くの人にサウナを楽しんでもらうことを考えると、人体にとって快適で心地良い理想の条件を知るということも重要です。

 Teeriが考えているのは、人体にとって快適で心地良い条件でした。露点温度が根拠になっていたり、温まり方について考えられていたり、「好み」をこえて人体にとって心地良い条件を考察しています。人が一定時間過ごすのですから、体温や身体の仕組みから考えて快適な条件というのがあるのも当然です。「サウナは我慢大会ではない」とよく言います。多くの人が心地良くいられるサウナ室は、好みのバリエーションを超えて「良いサウナ」と言えるのではないでしょうか。また、Teeriの指標をもとに、日本のサウナについてその特徴を考察することもできそうです。

 

参考文献

Niilo Teeri(1976)"The Climatic Conditions of the Sauna", Teir, H., Collan, Y.and Valtakari, P., Sauna Studies. Ⅵ International Sauna Congress, Helsinki, August 15-17, 1974. pp.113-120.

 

*1:Teeri, p.113

*2:同上、p.118

*3:同上

*4:同上

*5:同上

*6:同上

*7:同上、p.119

*8:同上、p.120

*9:同上

*10:今回紹介しているTeeriの論文タイトルです

*11:同上、p.113