Saunology -Studies on Sauna

Saunology -Studies on Sauna-

サウナについて調べ、考え、まとめるブログ。知れば知るほど、サウナにはまだまだ謎がある。その謎を解き明かしていくために、サウナについて様々な角度から考察してサウナ理解を深めます。身体で感じるだけでなく、頭で仕組みを考えるとサウナはもっと楽しい。サウナ好きがサウナをもっと知りもっと楽しむために始めたサウナ考察ブログ。 お問合せは下記までどうぞ。 saunology37@gmail.com

サウナと結露・潜熱に関する論文

 「サウナのロウリュが熱い仕組み②」では、ロウリュによって湿度が上がり、皮膚表面で結露が起こることで発生する潜熱がロウリュの熱さの秘密だと紹介しました。

サウナのロウリュの熱さの2つの秘密


なるほど、と思う一方で、冬の窓ガラスの結露などと比べてサウナ室の結露はイメージがしにくい気がします。今回からは、ロウリュと潜熱について更に詳しく考察してみます。今回はサウナと潜熱について考察しているTimo Vesalaの"Phase Transitions in Finnish Sauna"という論文を紹介します。

 

サウナ室の結露と潜熱

 ロウリュが熱い仕組みは蒸気の対流と皮膚表面の結露による潜熱である、ということはわかりました。これを知って、以下のような疑問がわいてきました。

サウナの結露と潜熱の疑問

 

 仕組みはわかったものの、そうなると実際どのくらい結露し、どのくらいの潜熱が発生しているのか気になってきた、ということです。順番に、一つ一つ考えていけば見えてきそうな気がします。

 

論文のテーマ

 これらの疑問について考えていくために、まずロウリュの本場フィンランドのサウナ室における結露と潜熱についての論文を読んでみました。Timo Vesalaの"Phase Transitions in Finnish Sauna"です。

サウナの結露と潜熱の疑問①

 

 Timo Vesalaは、最初のまとまったサウナ研究本として、1976年出版のSauna Studiesをあげています。Sauna Studiesは1974年にヘルシンキで開催された第6回のInternational Sauna Congressで発表された内容をまとめた論文集です。この中のNiilo Teeriの論文についてはこのブログでも「サウナと湿度 絶対湿度の算出~男性サウナ室~」などで取り上げました。

 Vesalaは、Sauna Studiesにおいてはサウナに関して様々な興味深いトピックが取り上げられていると指摘した上で、未発見の、まだ指摘されていない物理化学的現象がフィンランドのサウナにはあるはずで、自身の論文はその一つになるだろうと述べています*1

 まだ十分に論じられていないサウナの物理化学的現象、具体的には、ロウリュがなぜ熱いのかという点だとVesalaは言います。

When löyly (steam) is generated by throwing water on kiuas stones, why is it that bather feels this as heat on his / her skin?(水をヒーターの上の石にかけるロウリュが行われる時、どうしてサウナ浴をしている人たちは肌に熱さを感じるのでしょうか?)*2

 

 Vesalaは、ロウリュをした時になぜ「熱さ」を感じるかという問題は、それほど単純ではなく、この論文ではそれを考察したいと述べています。これがこの論文のテーマです。 

 

ロウリュと潜熱

 "What does happen when some löyly is generated?"(ロウリュが行われると何が起こるのでしょうか?)*3という問に対して、Vesalaは次のように解説しています。

The heat needed to evaporate water thrown on the stones is removed from the stones and this does not change the air temperature in the short run. However, the generated water vapor is efficiently carried upwards into the sauna air and this produces a rise in the relative humidity in the sauna. The humidity pulse is then gradually damped out by means of ventilation and condensation on cold (in the sense of wet temperature) surfaces, like skin.

(石にかけられた水を蒸発させるだけの熱が石から奪われますが、短い時間では、これによってサウナ室の温度が変わることはありません。しかし、発生した水蒸気は効率よくサウナ室の上の方に運ばれて、サウナ室内の相対湿度を上げます。そして、この熱い蒸気は換気によって、また冷たいものの表面、例えば皮膚表面での結露によって徐々に消えていきます。)*4

 ロウリュでサウナ室の温度は変わらないけれど、相対湿度が上昇し、サウナ室の中では低い温度である皮膚表面で結露が生じると言うのです。結露が生じるのであれば、潜熱が発生している、とVesalaは考えるわけです。

 

サウナ室における結露の検証

 実際にサウナ室で結露は起こるのか、Vesalaは検証した結果をまとめています。Vesalaは自分の家のサウナで数年間にわたり、週に2回、観察を行ったそうです。さらっと書いてありますが、家にサウナ室があるのは羨ましいですね。

 話を結露の検証に戻します。彼の家のサウナ室は、たまたまこの検証に使い勝手が良い構造だったと言います。ドアが3枚のガラスから成る構造で、一番上のガラスは人の肌よりも熱く、真ん中のガラスは大体人の肌と同じくらいの温度になるドアがついたサウナ室だそうです。サウナ室の外の温度は大体20~30℃くらいの状態で観察を行ったといいます。ロウリュを行うと、一番上のガラスも含め3枚のガラス全てに水滴がついたそうです。一番上のガラスの水滴は数十秒で蒸発したものの、ロウリュ直後は全てに水滴がついたというのです。

Accordingly, the "extra" water vapor due to löyly is capable to condence also on bather skin, although the surface properties of glass and skin might differ somewhat. As a result, the latent heat is released in condensation and this can be felt as heat on the skin.

(したがって、ガラスと人間の皮膚とでは多少性質が異なるとはいえ、余分な水蒸気の結露は人の皮膚表面でも起こり得ると言えるのです。その結果、潜熱が放出され、皮膚表面で熱として感知されることになります。)*5.

 Vesalaは、人の肌より温度の高い一番上のガラスでも結露が生じたことから、ガラスと性質は違うとは言え、人の皮膚表面でも結露が生じているはずだとし、だから皮膚表面で潜熱が発生するのだと考察しています。

 実際にサウナ室で人の皮膚表面に結露が起こっていると考えたVesalaは、発生する潜熱量についても見積りの値を出しています。Vesalaのサウナ室で100gの水を石にかけてロウリュをした時、熱さの持続時間は大体30秒だと言います。潜熱に関する他の研究からの式を用いて計算すると、100gの水でロウリュをした時に発生する潜熱の総量は大体7700Jだったそうです。3600J=1W/hですから、約2.14W/hのエネルギーということになります。これは、サウナ室全体で生じる潜熱のエネルギー総量なので、皮膚表面でこれだけのエネルギーが発生しているというわけではありません。Vesalaは別の計算方法も用いて、サウナ室内で発生する潜熱量を計算していますが、別の方法でもおよそ7700Jのようです。

 

 7700J、と言われても正直ぴんとこないですが、Vesalaの研究により、サウナ室で結露が起こっていること、皮膚表面を含めサウナ室内でこれくらいの潜熱が発生していることがわかったと言えます。実際にどのくらい結露し、皮膚表面でどのくらい潜熱が発生しているのでしょうか。残りの疑問について、引き続き考えていきます。

  

参考文献

Vesala, Timo. (1996) "Phase Transitions in Finnish Sauna", Nucleation and atmospheric aerosols. Eds. M.Kulmala and P.E.Wagner, Pergamon, pp.403-406

 

*1:"There should still be a number of interesting unexplored physico-chemical phenomena connected to conditions in Finnish sauna. Some of them will be approached in this presentation."(Vesala, p.403)。

*2:同上

*3:同上, p.404

*4:同上

*5:同上