Saunology -Studies on Sauna

Saunology -Studies on Sauna-

サウナについて調べ、考え、まとめるブログ。知れば知るほど、サウナにはまだまだ謎がある。その謎を解き明かしていくために、サウナについて様々な角度から考察してサウナ理解を深めます。身体で感じるだけでなく、頭で仕組みを考えるとサウナはもっと楽しい。サウナ好きがサウナをもっと知りもっと楽しむために始めたサウナ考察ブログ。 お問合せは下記までどうぞ。 saunology37@gmail.com

サウナと香り

 ロウリュについては、これまでロウリュが熱い仕組みやロウリュによって湿度がどれくらい上昇するかについて見てきました。しかしロウリュにはアロマ水をかけて香りを発生させるという楽しみ方もあります。サウナ室の状態がどういう状態の時に、私たちは香りを感じやすいのでしょうか。今回は、サウナ室の香りについて考えてみます。

サウナとロウリュ

 (画像出典:LIFE-BATON「暑く、清々しく、健康に。心身ともに〝ととのう〟癒しの「サウナ」」

 

匂いを感じる仕組み

  私たちが匂いを感じる感覚を嗅覚と言いますが、そもそも嗅覚とは何でしょうか。嗅覚は化学物質(化学刺激)により引き起こされる感覚の一つです。化学物質により引き起こされる感覚は、味覚、嗅覚、一般化学感覚の3種類です*1。このうち、味覚と嗅覚は「特殊化された感覚受容器によって受容される」*2と言います。そして、嗅覚は「気化した化学物質」、つまり気体の状態になった化学物質を感受します。そして一旦気化した匂い分子が、鼻の粘膜に溶け込んで、初めて匂いとして感受されるという仕組みです*3

 匂いを感じる、というのは、気体の状態になった匂い分子が呼吸などで鼻に届き、鼻の粘膜に溶け込むことで生じるというわけです。鼻腔内の天井部には嗅粘膜(olfactory mucosa)と呼ばれる感覚組織があり、私たちはそこで匂いを感じています*4。この嗅粘膜の中には、匂いをキャッチするために特殊に分化した嗅覚センサー(嗅細胞)が存在し、これは人の場合1千万個ほど存在すると言われています*5。嗅細胞が匂い分子をキャッチして、その後、嗅神経、嗅球、嗅索を通って大脳に情報が伝えられ、私たちは匂いを感知します。

 今はこのような仕組みで匂いを感じる、ということがわかっていますが、一昔前は、匂いを感じることができるのは「空気中に存在する媒体を通して、『波が伝わるためだ』とする波動説」が信じられてきたそうです*6。20世紀半ばくらいまでは、このような説も信じられていたようです。今は、匂い分子は揮発性炭素化合物である、ということがわかっており、波動ではなく分子が粘膜に溶け込むことで匂いを感じる、というのが定説になっているようです。

 では、どういう条件の時、私たちは匂いを感じやすいのでしょうか。

 

揮発性

 私たちが匂いを感知しやすい状況ということを考えるのであれば、「どれだけの匂い分子が効率的に鼻の中に到達するかという点」*7を考える必要があります。倉橋隆はまず「分子の揮発性」が重要だと指摘します*8。嗅覚は気化した化学物質を感受するわけですから、空気中に揮発しやすいものの方が、匂いとして感知されやすいということです。いかに沢山空気中に蒸発させるかということが重要だと言えそうです。

サウナと揮発性

(画像出典:ギモン雑学「揮発とは?蒸発との違いと意味は何か?なぜ揮発は起こる?」

 

 ロウリュをした時、沢山のアロマ水が空気中に蒸発した方が、鼻に届く匂い分子は多くなると考えられます。石の温度が低く、蒸発せずに液体のまま石に残ってしまえば、匂いは感じにくくなります。石がしっかり温まっていて、多くの水が蒸発すれば、匂いは感じやすくなるはずです。

サウナのロウリュの匂い


ロウリュで水をかけすぎてしまうと、石が冷めてしまうので匂いも感じにくくなるわけですね。確かに、勢い良くじゅっと蒸発した方が、より匂いを感じるような気がします。

 また、「サウナと湿度 湿度と温度」で見たように、空気は温度が高いほど、たくさんの水を含むことができます。沢山の匂い分子が空気中に蒸発するためには、温度も高い方が良いと言えそうです。温度については、のちほど湿度と併せてもう少し詳しく見てみます。

 

対流

 空気中の匂い分子が周りに広がる方法として、倉橋は2種類の方法があると指摘します。まず1つ目が「空気の流れに従って広がる方式」、つまり対流です*9。もう1つは、「分子に固有な『拡散の方式』に従って広がる方式」*10です。ただしこの2つ目の「拡散の方式」の場合、匂い分子の平均拡散速度は1秒に1mm以下ということで、ほとんど移動しないに等しいとのことです*11

 つまり、匂いが広がる仕組みはほとんど対流によると言ってよさそうです。対流の場合には、「風速1mの微風でも1秒間に1mの分子の移動がある」*12と言います。このことから倉橋は、「部屋の中を均一にすばやく一定の香りにしたい場合には、強制的に空気の対流を生じさせます。扇風機を回す程度で格段にスピードアップするということになります」*13と言います。

  ロウリュをすると、蒸発したアロマ水を含んだ蒸気は対流にのって私たちのもとに届きます。「サウナと熱 サウナ室の中の熱」で見たように、ストーンを使ったサウナ室では、熱も対流によって運ばれてくるのでした。蒸気も同じ対流に乗って、私たちの鼻に届きます。換気が悪いとサウナ室内の対流はスムーズではなくなると考えられるので、換気が良くしっかり空気が流れるサウナ室の方が、匂いは感じやすそうです。また、タオル等で空気を撹拌することで、匂い分子も私たちに届きやすくなっていると言えます。アロマ水を石にかけるだけでもじんわり匂いは漂ってきますが、タオルで空気を撹拌するとより匂いを感じますよね。

 

温湿度

 一般的に、高温、高湿の方が匂いを感じやすいと言われています。良い香りもそうですが、冬よりも夏のじめじめしている時の方が、嫌な臭いも感じやすいという人は多いのではないでしょうか。

 湿度が高い方が匂いを感じやすいのは、空気中に水蒸気が多い方が匂い分子が空気中に留まりやすいからだと言われています*14

サウナの匂いと湿度

(画像出典:weaternews「これからの時期は特に感じる!?ニオイと天候の関係」

 

 また、人が匂いを感じるにはある程度の湿度が必要であることも指摘されています。嗅粘膜が匂い分子をキャッチするには適度な湿度が必要だと言うのです*15。匂い分子が空気中に留まりやすいこと、人が匂い分子をキャッチしやすいことから、湿度が高い方が匂いを感じやすいと言えそうです。

 しかし、サウナ室内での湿度について考えると、湿度が高すぎると結露が生じてしまうのでした。空気中に匂い分子が多い方が匂いを感じるということであれば、結露して液体化してしまうと、空気中の匂い分子は減ってしまうので、結露が生じるほど湿度が高くなってしまうと、匂いは感じにくくなるのかもしれません。そもそもサウナ室くらい温度が高ければ、相対湿度は低くても絶対湿度、実際の空気中の水分量は少なくないはずですから、結露するほど湿度を上げずに空気中にたくさん匂い分子を蒸発させた方が匂いは感じやすいのかもしれません。

 また、温度についても高い方が匂いを感じやすいとされています。その根拠として、揮発性との関係が指摘されています。温度が高い方が、匂い分子の揮発性が高くなり匂いを感じやすくなるという言うのです*16。つまりより匂い分子がより空気中に蒸発しやすいということです。例として、熱を使っている調理中は料理の匂いが漂うけれど、冷めてしまった料理からはあまり匂いを感じないことが挙げられています*17

 匂いを感じるのは、気体になった匂い分子が鼻の粘膜に届く必要があるわけですから、たくさんの匂い分子が空気中に蒸発していた方が匂いは感じるということになります。揮発性のところでも少し触れましたが、空気は温度が高い方が沢山の水分を含むことができます。ということは、温度の低いサウナ室でロウリュをするよりも、温度の高いサウナ室でロウリュをした方が、空気中に沢山の匂い分子を含むことができて、匂いも感じやすくなると考えられます。

 温湿度と人の匂いの感じ方については、研究もされています。例えば、「温湿度条件がにおいの閾値及び主観評価に及ぼす影響」では、「嗅覚閾値の測定は実験室やパネルによりかなり左右されていることが推測され、ここでの有意差が必ずしも温湿度の差異で生じたものであると断定はできない」としながら、「しかし、全体的な嗅覚閾値のばらつきを考慮しても、温湿度が高くなるほど嗅覚閾値、つまり匂いを感じる強さが高い傾向が全体的に得られていることがわかる」*18と指摘されています。つまり温度・湿度が高い方が、匂いを感じやすいということです。

 ただし、この研究でも嗅覚閾値は「パネルによりかなり左右される」と言われているように、嗅覚閾値は人によって大きな差があり、荘司菊雄は「1000倍くらいの差はざらです」*19と言います。また、この実験は、温度の方は相対湿度50%、温度を20℃、25℃、30℃で比較、湿度の方は、温度25℃で相対湿度25%、50%、75%で比較しており、サウナ室の温湿度環境とは異なる条件であることも考慮しなければなりません。サウナ室ほどの高温環境で、温度が高い方がより匂いを感じる、とは言えないかもしれません。たくさん空気中に匂い分子が蒸発する温湿度環境では匂いを感じやすいはず、ということで、高ければ高いほど良いというより、かけた水がしっかり蒸発する温湿度環境が良いということでしょう。

 

 今回はサウナと香りについて、人が匂いを感じやすい条件について考えてみました。香りという観点からも、対流と温度は大事そうです。

 

参考文献

weathernews、「これからの時期は特に感じる!?ニオイと天候の関係」

小野田法彦(2000)『脳とニオイ : 嗅覚の神経科学』共立出版

倉橋隆(2004)『嗅覚生理学 : 鼻から脳へ香りを感じるしくみ』、フレグランスジャーナル社

荘司菊雄(2001)『においのはなし : アロマテラピー・精油・健康を科学する』、技報堂出版

竹村明久・山中俊夫・甲谷寿史・光田恵(2003)「温湿度条件がにおいの閾値及び主観評価に及ぼす影響(その 2)α-ピネン、トルエン、メチルメルカプタンに関する検討」、『学術講演梗概集』、日本建築学会

千葉産業株式会社HP、「どうして暑いとニオイを強く感じるの?」 

*1:小野田、p.14

*2:同上

*3:同上

*4:倉橋、p.18

*5:同上

*6:同上、p.34

*7:同上

*8:同上

*9:同上、p.35

*10:同上

*11:同上

*12:同上

*13:同上

*14:weathernews および千葉産業株式会社HP

*15:千葉産業株式会社HP

*16:同上

*17:同上

*18:竹村他、p.2

*19:荘司、p.65