Saunology -Studies on Sauna

Saunology -Studies on Sauna-

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サウナと結露・潜熱 汗と結露の割合

 ロウリュで発生する潜熱について考えるために、「サウナと結露・潜熱に関する論文」ではフィンランドのサウナ室における結露と潜熱についての考察を見てみました。「サウナと結露・潜熱 汗か結露か」では、どのくらい結露が生じているか簡単な実験をしてみました。結露も観察できたものの、汗も大量にかいているということがわかりました。汗と結露による水分の割合はどのくらいなのでしょうか。

 

サウナ室の結露と潜熱

 ロウリュの熱い仕組みの1つである潜熱に関する疑問について、以下の1つ目と2つ目については前々回と前回の記事で見てみました。今回は3つ目、ロウリュ後に身体につく水滴のうち、汗と結露による水分の割合はどのくらいなのかについて考えてみます。

サウナの潜熱の疑問

 

 汗と結露の割合について実験により検証した論文があります。今回はその論文、"Sauna, sweat and science - quantifying the proportion of condensation water versus sweat using a stable water isotope tracer experiment"の内容を紹介しながら、汗と結露による水分の割合について考察します。

 

論文のテーマ

Is it possible to quantify the proportion of condensation water versus sweat to dripping water when water is poured on a sauna stove? *1(サウナストーブに水をかけた時、結露による水分と汗との割合を測ることはできるでしょうか?)

 ロウリュで私たちが「熱さ」を感じる理由を潜熱であるとし、サウナ室で実際に結露が起こることを検証したVesalaの論文を受けて、Michael Zechらは、ではロウリュ後に私たちの身体についている水分のどれくらいが汗で、どれくらいが結露によるものなのか調べることはできないかと考えました。同じ水である汗と結露の水分、見分けることができるのでしょうか。Zechらは、同位体を使ってこれらを見分ける方法を考えました。

 Zechらは、最近では酸素・水素の同位体が植物生理学や食品認証などさまざまな場面で活用されるようになったと指摘し、この同位体を用いて、汗と結露の水との割合を割り出すことができるのではないか、ということを試みました。それがこの論文のテーマです。

 

同位体とは

 「同位体」は『デジタル大辞泉』では以下のように定義されています。

原子番号が等しく、質量数が異なる原子。すなわち、原子核の陽子数が同じで、中性子数が異なる原子。元素周期表では同じ位置を占める。アイソトープ。同位元素。

 原子は原子核と電子から成ります。原子核は+の性質を持つ陽子と+でも-でもない中性子からできていて、電子は-の性質を持ちます。+の性質を持つ原子核と、-の性質を持つ電子が互いに引き合うことで回転しています。+でも-でもない中性子の数が変わると、同じ原子番号で重さの違う物質ができます。これが同位体です。+でも-でもない中性子は、何個くっついていても性質は変わらないので、同じ水ですが、中性子の数が違えば、同じ水でも重さの違う水ができるわけです。

 

同位体の説明

(画像出典:中田亮一HP「同位体とは?」

 

 つまりこの論文の実験は、サウナ室の空気中や汗の中にはほぼ含まれないと考えられる酸素の同位体O18を使ってロウリュをし、結露による水分と汗との割合を測ってみよう、という実験です。同じ水分でも、汗はO18から成る水ではないので、O18を使ってロウリュをすれば、身体についたO18の水分は汗ではなくロウリュによる結露で発生した水だとわかるのでは、ということです。

  

実験の概要

 汗と結露の水分の割合を調べた実験、どんな実験だったのか、まずはこの絵をご覧ください。

Sauna, sweat and science

(画像出典: Taylor & Francis Group an informa business

 

 これは実験についてまとめた論文の概要を漫画にしたものです。翻訳をつけてみました。

サウナと結露と潜熱の実験の翻訳
(画像出典:同上、Saunology訳)

 

 この漫画では実験の前提条件と方法、結果について簡単に書かれていますが、「なぜこの方法をとったのか」「結局どのように汗と結露の水分を区別できたのか」などは書かれていません。これら詳細は、論文自体を読まないとわかりません。詳細を知るために、論文の本文を読み解いていきます。

 

 実験概要とプレ実験

 Zechらは、ドイツのマルティン・ルター大学ハレ・ヴィッテンベルクの学生たちと、2011年~2012年、2012年~2013年の冬に2回、実験を行いました。それぞれについてプレ実験の後に本実験を実施しています。

サウナの結露と潜熱の実験概要

 

 汗と結露の割合を算出するには、「純粋な結露の水」("pure condensation water"*2)と「純粋な汗」("pure sweat"*3)がはっきりしている必要があります。単純にO18が入っているものだけが結露による水分ではないのです。汗をかかないボトルについた水も、O18を含む水だけで構成されるわけではありません。サウナ室内の空気中にもともと存在している水分があるからです。結露による水も、普通の水とO18の混合物なので、実験でボトルについた水の中のO18の水とそれ以外の水の割合が「純粋な結露の水」を構成する割合であるとZechらは考えました*4

 一方、「純粋な汗」はどうかというと、被験者にロウリュをしない状態でサウナに入ってもらい、採取したものを純粋な汗と考えています。この「純粋な汗」の成分を知るために、本実験の前にプレ実験を行いました。

サウナの結露と潜熱のプレ実験

 

 ロウリュをしないで温度90℃・相対湿度10%以下のサウナ室に40℃のお湯を入れたボトルを置いたところ、ほとんど結露が見られなかったため、このセッティングで人の皮膚表面についた水滴は全て汗であると考えて良いだろうと、Zechたちは考えました*5

 

 本実験の方法とその結果

 実験を行ったサウナ室(~16㎥)は温度が90℃程度、ロウリュをしない時の相対湿度は10%以下という状態です。

 実験は、サウナ室内に4人の被験者に入ってもらい、2本のペットボトル(0℃と20℃の水を入れたもの)を被験者と同じ高さに設置して行いました。ペットボトルは汗をかかないので、「純粋な結露分の水」(pure condensation signal*6)を抽出するために設置したそうです。

 まず、1セット目は500mlのO18を含まない水(2011~12年はツークシュピッツェ山の水を使い、2012~2013年は人工的に作った蒸留水を使った)を使ってロウリュし、4人の被験者と2本のボトルについた水分を採取します。

 しっかり換気を行い、2セット目は、同じく500mlの水、今度はO18を含む水を使ってロウリュをして、また4人の被験者と2本のボトルについた水分を採取します。

 結果として、ロウリュをした後で採取した被験者の皮膚表面についた水分は、この「純粋な結露の水」と「純粋な汗」の混合物であったというのです。つまり、ロウリュ後に人の皮膚表面についている水分は、結露で外から付着した水と、身体から出た汗の両方であるということがわかりました。どちらにも普通の水が混ざっている状態で結露の水と汗とを区別した方法は、「純粋な結露の水」と「純粋な汗」両方の成分をはっきりさせ、それに基づいて身体から採取した水分を分析する方法で行われました。「純粋な結露の水」の中身は、O18とそれ以外の水がどれくらいの内訳になっているか、ということを調べて、結露による水と汗とを区別したのです。わかりやすくするために、仮の数字を入れて説明をしてみると、以下のようにまとめられます。 

 

サウナの結露と潜熱の本実験

 数字自体は仮のものですが、「純粋な結露の水」はO18とそれ以外の水が9:1であれば、身体についた水滴の中の「純粋な結露の水」も同じ割合でO18とそれ以外の水が組み合わさったものであり、その分を全体から引いたものが汗だと言えるということです。 

 では実際その割合はどうなのか、Zechらは計算を試みます。その結果、結露による水分は、少ない場合で14%、多い場合で67%という結果になったというのです*7。14%~67%、幅広い気もしますが、被験者の体質の差もあれば、その時の温湿度の微妙な差も関係しているのでしょう。皮膚表面の温度は人によって違いますし、汗の量も人によって違います。結果、その割合にも幅はできるわけです。

 しかしこの実験から、少ない場合でもロウリュ後に身体についた水分のうち14%は汗ではなく結露によるものであり、多い場合は67%、半分以上が汗ではなく結露による水分であるということがわかったわけです。

 この結果から、Zechらは以下のように結論付けています。

While it is difficult to draw medical or health implications from our results, they are well in agreement with the finding of Vesala [2] and Hermans and Vesala [3] that latent heat flux (by condensation) is likely the most important mechanism for the heat pulse that we feel when water is poured on the stones of the sauna stove.*8(この結果から医学的・健康的な意義を引き出すことは難しいとは言え、サウナストーブの石に水をかけた時に私たちが感じる熱を説明するのに(結露による)潜熱が最も重要なメカニズムであるというVesalaの研究・HermansとVesalaの研究*9と一致する結果にはなった。

 医学的・健康的な意義について証明することはなくても、潜熱がロウリュが熱いことの一番のメカニズムであるとするVesalaの研究の傍証にはなる、というのがこの論文の結論です。

  

 汗と結露による水分の割合は、人によっても、その時のその人のコンディションによっても変わってきます。少ない場合でも身体についた水分の14%は結露によるもので、多い時には67%が結露による水分ということですから、皮膚表面ではかなりの潜熱が発生していると考えられます。サウナ室の温度が変わらなくても、ロウリュは熱いわけですね。

 

参考文献

Zech, Michael etal. (2015) "Sauna, Sweat and Science- Quantifying the Proportion of Condensation Water Versus Sweat Using a Stable Water Isotope (2H/1H and 18O/16O)Tracer Experiment", Isotopes in Environmental and Health Studies.51(3), pp.1-8

*1:Zech etal., p.2

*2:同上、p.4

*3:同上

*4:同上

*5:同上

*6:同上

*7:同上、p.8

*8:同上

*9:ここで言う「Vesalaの研究」とは「論文紹介」で取り上げたもので、Vesalaは他にHermansとの共著でも潜熱について取り上げており、後者はそれ。前者が"Phase transitions in Finnish sauna"(1996)、後者が"The sauna-revisited"(2007)。