Saunology -Studies on Sauna

Saunology -Studies on Sauna-

サウナについて調べ、考え、まとめるブログ。知れば知るほど、サウナにはまだまだ謎がある。その謎を解き明かしていくために、サウナについて様々な角度から考察してサウナ理解を深めます。身体で感じるだけでなく、頭で仕組みを考えるとサウナはもっと楽しい。サウナ好きがサウナをもっと知りもっと楽しむために始めたサウナ考察ブログ。 お問合せは下記までどうぞ。 saunology37@gmail.com

サウナとアロマ

 「サウナと香り」では、匂いを感じる仕組みから匂いを感じやすい条件を考えてみました。今回は、「ロウリュ」という言葉のもともとの意味なども確認しながら、サウナ室の中での香りについて、人体に効果があるのかどうかなど、更に考察してみます。

 ロウリュ サウナ

(画像出典:Walker+「たっぷり汗をかいてすっきり爽快!名古屋で楽しめる注目のサウナ3選」

 
ロウリュと香り

 サウナ室の香りと言えば、ロウリュでアロマ水を熱したストーンにかけた時に広がるアロマの香りをイメージする人も多いのではないでしょうか。ロウリュサービスを行っているサウナ施設では、アロマの香りが日替わりや週替わりで、カレンダーに記載されているところもあります。

サウナ ロウリュ カレンダー

(画像出典:七福の湯 戸田店 Twitter

 

 ロウリュ(löyly)はフィンランド語ですが、フィンランドでは基本的にアロマ水ではなく水をかけてロウリュをするようです。

 カーツさとうは「意外と知らないサウナの『ロウリュ』の本当の意味」という記事でフィンランドのロウリュと日本で言うロウリュについて、その違いを以下のように説明しています。

このフィンランドでのロウリュが、日本でいうロウリュと何が違うかまとめると以下の3点!

 “水をかけるのは利用者”

 なんといっても“タオルバサバサなんてことはまったくない”

 日本のロウリュっていうと水じゃなくてアロマオイルをサウナストーンにかけるけど、“かけるのは普通の水”

 ようするに日本の極々一部のサウナでのみ実行及び堪能できる通称“セルフロウリュ”が、本来の意味でのロウリュなんですね。*1

 フィンランドではアロマ水ではなく普通の水をかけると指摘しています。英語版Wikipediaの「Finnish sauna」の項の中では、ロウリュは次のように説明されています。

Water is thrown on the hot stones topping the kiuas, a special stove used to warm up the sauna. This produces great amounts of wet steam, known as löyly, increasing the moisture and the apparent temperature within the sauna.*2

(サウナを温める特別なストーブ「kiuas」の上にある熱い石に水がかけられます。これは「ロウリュ」として知られる大量の水蒸気を発生させ、湿度と体感温度を上昇させます。)

 こばやしあやなも『公衆サウナの国フィンランド』の中の「フィンランド・サウナとジャパン・サウナはここが違う」というパートで次のようにフィンランドのロウリュについて説明しています。

フィンランドでは、利用者がおのおののタイミングで打ち水をして蒸気を浴びるロウリュ法以外に、サウナ内でこれといったパフォーマンスはおこないませんし、イニシアチブをとる人もいません。しいて挙げられるのは、白樺の若葉(あるいは香りの強いほかの植物の葉)の葉束でバシバシと互いの身体を叩き合い、肌への刺激や葉から出る天然のアロマを楽しむという慣習です。*3

サウナ

(画像出典:amazon

 

 「天然のアロマ」を楽しむ、つまりヴィヒタなど植物の香りを楽しむのが主流と考えられます。また、タナカカツキは好きなサウナについて聞かれて、香りに言及しています。

僕の場合はやっぱり清潔できれいなところ。香りもすごく重要ですね。本場のフィンランドではヴィヒタを使います。ただ、植物の香りを室内に充満させてその鎮静効果を利用することがヴィヒタを使う目的ですから、アロマ水などで代用しているだけでも問題はありません。*4

 フィンランドのロウリュは基本的に水であり、香りとしてはヴィヒタなど植物の香りを楽しむものと言えそうです。日本のサウナではフィンランドとは異なり利用者自身がロウリュをするセルフロウリュが可能な施設はごくわずかで、ヴィヒタを水に浸しておくということもほとんどありません。日本ではロウリュと言えば、施設のスタッフが行うロウリュサービスが主です。アロマ水をかけ、タオルや団扇で仰ぐ「ロウリュサービス」は、もともとのフィンランド語の「ロウリュ」が指すものとは少し異なるわけです。

ロウリュ アウフグース サウナ

 (画像出典:スカイスパYOKOHAMA HP

 
ロウリュとアウフグース

 サウナ好きであれば今更、と思う話かもしれませんが、日本の施設で行われる「ロウリュサービス」、アロマ水をかけてタオル等で空気を撹拌したり人を仰いだりするのは、ドイツのアウフグース(Aufguss)というサービスです。

サウナ 会うふぐーず

(画像出典:Aufguss with Alex: German Sauna Steam Aromatherapy with Alexander Troitzsch

 

 アウフグースは「注入」という意味のドイツ語です。

The word “Aufguss” can be translated with “infusion” and the verb “aufgiessen” means “pouring”. Essential part of the Aufguss experience is to pour water on the hot stones on the sauna oven and the word “Aufguss” describes simply that.*5

(「Aufguss」という言葉は英語では「infusion(注入)」と訳され、動詞の「aufgiessen」は「pouring(注ぐ)」という意味です。アウフグースの本質的なところはサウナストーブの上の熱い石に水をかけるところであり、「アウフグース」という言葉はそれを端的に表現しています。)

 ここまではフィンランドのロウリュと同じですが、ドイツのアウフグースにはアロマオイルや音楽を使ったパフォーマンスという側面があります。 

In Germany, the aufguss is a SPA-related form of sauna, where things like essential oils, music, lighting and performance all play an important part.*6

(ドイツでは、アウフグースはスパのサウナに関連するもので、アロマオイル、音楽、照明やパフォーマンスが重要な要素になるものです。) 

 先に挙げたカーツさとうの記事にも書かれていますが、日本で最初にいわゆる「ロウリュサービス」を行ったのは大阪の「サウナ・ニュージャパン」で、その時に「アウフグース」ではなく「ロウリュ」という言葉の方を用いたことから、日本ではドイツのアウフグースの意味も含めて「ロウリュ」という言葉を使うようになったそうです*7

 フィンランドの静かに植物の香りを楽しむロウリュと、アロマ水等も使い、パフォーマンスを伴うドイツのアウフグース、両方のサウナ文化を日本は採り入れていると言えます。用語はともかく、セルフロウリュができるところがほとんどなく、ヴィヒタを使えるところも限られている日本では、アロマ水を使ったアウフグースの方が発展したのかもしれません。「ロウリュ」と言っても施設ごとにサービスは異なり、アロマ水や水をかけるだけのところ、その後タオルや団扇で仰ぐところ、ブロワ―で風をあてるところなど様々です。静かなものもあれば、賑やかなパフォーマンスもあります。施設ごとにいろいろな「ロウリュ」のやり方があるのも、多様性があって良いですね。

 

 ロウリュ用アロマの発展

 日本では「ロウリュサービス」でアロマ水が用いられることが多く、それを楽しみにしている人も多いのではないでしょうか。ロウリュ用のアロマ水はいろいろな種類があり、METOSのサウナソッピなどでも販売されています。

metos.co.jp

 植物の香りに留まらず、さまざまな香りがロウリュ用のアロマオイルとして販売されています。生姜を使った「熱波(NEPPA)」という香りなどもあり、日本の、タオルや団扇で仰ぐパフォーマンスを伴う「ロウリュサービス」と共にサウナ室で使うアロマも発展してきていると言えそうです。

 また、タオルなどに香りを染み込ませ浴室で匂いを楽しむ「携帯するロウリュ」という商品もあります。この商品の名前から、「ロウリュ」と「アロマの香り」が日本では密接であることがよくわかります。

sauna-ikitai.com

 

 タナカカツキがヴィヒタを利用する目的として「鎮静効果」を挙げていますが、アロマも植物の香りも、リラックス効果や鎮静効果が謳われることが多いです。確かに蒸気と共に良い香りがしてくると心地良いですが、香りで人体に何か「効果」があるのでしょうか。

 

香りの効果

  ロウリュサービスの際に、使用するアロマの香りの効果について説明されることもよくあります。

 アロマテラピーという言葉もあるように、アロマにはいろいろな効果があるとされています。アロマ、香りは実際に人体に影響を及ぼすのでしょうか。治療に使えるものなのでしょうか。アロマテラピーの効果と言えば、特に鎮静効果が期待されます。小野田法彦は、アロマテラピーが人体に作用する仕組みは4つ考えられるとしています。

 ①嗅細胞を刺激しニオイ情報として脳内活動を鎮静するか、高める効果。

 ②経皮的に吸収される成分の効果。

 ③マッサージのような皮膚そのものを触刺激する効果。

 ④経肺的に吸収され血中に入り各組織を刺激する効果。*8

 このうち、④経肺的、つまり肺から吸収されて効果が出るためには精油の約10倍以上の濃度が必要となり「嗅覚としては耐えられないであろう」*9と小野田は指摘します。では他の仕組みで人体に効果はあるのでしょうか。小野田はアロマの匂いに対する脳波の変化なども挙げた上で、結果のばらつきには「好き」「嫌い」やその記憶との関係などさまざまな要素があり、「気分がどうか」という部分に科学的根拠はなく、「ある精油*10の香りをかぐとリラックスするとか、香りを呈示することにより、心身症を治療することが可能かどうか賛否両論がある」*11としています。そして、アロマテラピー自体を否定はしないとしながら、「最も有効な使い方は条件反射を応用することである」*12と言います。つまり、好きな香りを探して、日ごろからその香りをかぎながらできるかぎりリラックスする練習をする、そして、心身症の症状が出た時にその香りをかいでリラックスする、という使い方です。アロマテラピーを完全に否定はしないものの、「科学的な」効果を期待するのではなく、条件反射的に利用することを勧めているのです。

 また、「アロマテラピーがストレスを軽減することを裏付けるエビデンスは薄弱」という記事がロイターメディカルニュースでも取り上げられています。この記事によると、アロマテラピーによってストレスを軽減できる、とした臨床試験の結果の「大半でバイアスがかかっていることを見出した」*13と言うのです。そして、「コルチゾール濃度を調査した研究で、アロマテラピーによる差は確認されなかった」*14と言うのです。コルチゾールはストレスを受けた時に分泌が増えるため「ストレスホルモン」とも呼ばれるホルモンです。つまり、アロマが人体に作用しストレスを軽減する、という科学的根拠は薄い、ということでしょう。

 ちなみに、木の香りについても木が発する「フィトンチッド」による健康効果があると言われることがあります。フィトンチッドは植物を意味する「phyto」と、殺すを意味する「cide」で構成された言葉で、1930年頃、旧ソ連のB.P.トーキンにより発見されて名付けられたものです*15。フィトンチッドは植物が自分を守るために発する殺菌成分のようで、どこまで人体に効果があるかは怪しいところです。小林・近藤・武田の「森林浴の歴史について」では、「フィトンチッドの一部である、α―ピネン、リモネンは広く森林で抽出されるが、極めて低濃度であり、森林浴効果は、あくまでも視覚、聴覚、嗅覚、触覚などの他の感覚を含めた総合的な影響であると考えられている」*16と言われており、木の発する香り自体が人体に効果があるというより、五感を通した総合的な効果があるに過ぎないのでは、ということです。

 アロマにせよ木の香りにせよ、良い香りをかぐと気分が良い、というだけで十分なのかもしれません。しかし、アロマテラピーやフィトンチッドは「科学的に効果がある」とされることが多々あります。科学的根拠の薄いものを「科学的に」と強調すれば、疑似科学の範疇に入ってしまいます。

 

 疑似科学を信じるわけ

 疑似科学とは、「一見科学的な用語やデータで飾られているだけで、実際には科学とはいいがたいニセモノの科学」*17です。例えば「サウナと汗 デトックス効果は都市伝説」で取り上げたデトックスや、水素水、ホメオパシーなどが疑似科学であるとされています。菊池聡は、疑似科学があらわれる背景には「『科学』に寄せられる暗黙の、しかも絶大な信頼」*18があると考えます。ブランド品に偽物が出てくるように、「科学的」ということが価値を持つために疑似科学が登場するというのです。

 香りの効果にしても、サウナ浴の効果にしても、無理に「科学的」「医学的」な効果を求める必要はありませんし、一見正しそうなデータを持ち出していても、よくよく見たら科学とはいいがたい、根拠のないものであったり、データと結論に飛躍があるということは多々あります。ただ、ブランド品に喩えられるように、「科学的」「医学的」という言葉は権威です。そうなのかな、と信じてしまうことも多いです。

 香りの用い方として条件反射のような形で用いるので良い、というように、効果は「気分」くらいでも良いのかもしれません。病は気からと言いますが、気分は案外大事です。無理に「科学的」「医学的」な効果を求めるのではなく、自分はどんなサウナが好きか、どういう入り方がリラックスできるか考え、楽しむということで良いのかもしれません。「科学的」「医学的」に「解明する」というような言説は、時に危険なものでもあります。例えば、よく使われる「脳を活性化する」という表現なども、広告文句の誤解誘導であると指摘されています*19。脳波を測った結果、脳の神経細胞が一時的に活発に活動したとしても、それによって脳の機能が向上すると考えることに科学的根拠はないというのです*20。いかに「科学的」「医学的」らしいデータがあったとしても、それが本当に効果を根拠付けているかは疑う必要があります。無理矢理サウナの気持ち良さを「科学的」「医学的」に説明しようとする言説には注意が必要です。

 かといって、サウナに難しい話はいらない、とも思いません。根拠があれば、そういうアプローチも悪いとは思いませんし、サウナの仕組みを解明することは純粋におもしろいと感じています。疑似科学は反証可能性のない結論ありきのものです。情報を見極めて、自分の頭で考えて、サウナ考察を続けたいと考えています。

 

 今回はロウリュと香りについて、「ロウリュ」という用語について考えながら、その効果についても考えてみました。ロウリュサービスで好きだった香りを覚えておいて家でもその香りを楽しめば、サウナ室を思い出してリラックスできるかもしれません。香りを用いることで、家にまでサウナ室を持ち帰れるということですね。

 

参考文献

Stokeyard Outfitters, "Aufguss with Alex: German Sauna Steam Aromatherapy with Alexander Troitzsch"

TylöHelo Group, "German aufguss: When tradition turns trendy".

小野田法彦(2000)『脳とニオイ 嗅覚の神経科学』、共立出版

カーツさとう(2015)「意外と知らないサウナの「ロウリュ」の本当の意味」、『みんなのライフハック@DIME』

菊池聡(2012)『なぜ疑似科学を信じるのか 思い込みが生み出すニセの科学』、化学同人

こばやしあやな(2019)『公衆サウナの国フィンランド 街と人をあたためる、古くて新しいサードプレイス』、学芸出版社

タナカカツキ(2018)「プロ”風呂ワー”インタビュー① タナカカツキさん」、『100%ムックシリーズ 完全ガイドシリーズ219 SPA & サウナ & 日帰り温泉 完全ガイド』、晋遊舎

 ロイターメディカルニュース、「アロマテラピーがストレスを軽減することを裏付けるエビデンスは薄弱」

 

*1:カーツさとう

*2:Wikipedia

*3:こばやし、p.20

*4:タナカカツキ、p.43

*5:Stokeyard Outfitters

*6:TylöHelo Group

*7:カーツさとう

*8:小野田、p.136

*9:同上

*10:ここではアロマオイルと考えて良いです。

*11:同上、p.139

*12:同上

*13:ロイターメディカルニュース

*14:同上

*15:小林・近藤・武田、p.6

*16:同上

*17:菊池、p.4

*18:同上、p.2

*19:同上、p.213

*20:同上