Saunology -Studies on Sauna

Saunology -Studies on Sauna-

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サウナと木の匂い

 「サウナと木材」では、サウナ室になぜ木材が使われるのか、どのような木材が使われるのかまとめてみました。木の匂いをかぐとリラックスできる、木の匂いが好き、という人も少なくないのではないでしょうか。今回は、木の匂いについて考えてみました。

 

木の匂いとリラックス効果の関係
 木の匂いが人体に及ぼす影響については「森林浴」のコンテクストでその効果が語られたりします。 
森林浴に効果をもたらすものの一つに樹木が放出するにおい成分の働きがある。樹木は様々な揮発性成分を放出するが、中でも最も量的に多いのがテルペン類である*1
 
 木が放出するテルペン類が、木の匂い成分の主なものだということです。ヒノキの香りの効能を説明するページでも「ヒノキの香り成分で、抗菌性をもっているのは、テルペンというもので、よく名前が知られているヒノキチオールやa-ピネンなどの成分を総称してテルペンと呼んでいる」*2とテルペンについて言及されています。
 テルペン類は、葉から最も大量に放出されるそうですが、木材の場合も匂いの正体の大半がテルペン類であることは変わらないそうです*3
 
 「森林浴」が普及し、木の匂いが人体に与える影響についても研究されるようになりました。その一つにマウスの実験があります。
 レッドシーダーのかんな屑を床に敷いたケージの中のマウスに睡眠薬を投与すると、飼育を始めて1日後には、かんな屑を敷かない場合に比べて睡眠時間が1/3減少し、2日後には66%減少するそうです。逆に、睡眠薬を解毒する肝臓のミクロゾームの薬物代謝酵素の活性が増大するといいます。つまり、かんな屑の匂いが、肝臓の薬物代謝酵素であるシトクロムp-450を活性化させ、解毒が早く進んだということです*4
 同じような現象は、ストローブマツ、ポンデロサパインでも見られるそうですが、精油含有量が小さく匂いのあまりしないブナ、カバ、カエデでは見られなかったそうです*5。また、木材として使われるスギ、ヒノキ、ベイスギ、ベイツガ、ベイマツ、シカトウヒなどでも、同じような匂いの効果が見られるそうです。
 マウスの実験では、木の匂いによって運動量にも変化があることがわかっています。しかし、これには匂いの「最適濃度」があるといいます。つまり、薄すぎても濃すぎても、運動量は増加せず、最適な濃度であるとき運動量が増加するということです。具体的には、木の匂いが1ppm以下の濃度以下のとき、マウスの運動量が増加したそうです。摂食量、摂水量が一定であることなどから、この運動量の増加は単なる匂い刺激によるものではなく快適さのためであると考えられています。匂いの濃度が1ppm以上になると、濃い匂いのもとでストレスが蓄積され、運動量は匂いがないときより小さくなるそうです。
 人を対象にした検証もなされています。テルペン系の匂いを吸入してしばらくすると末梢血流、脳血流が増大し、脳波のα波が増強することから、テルペン化合物は鎮静作用を持つとされています*6。また、テルペン類の一つであるα-ピネンが1ppm以下の低濃度で漂う部屋で睡眠をとると疲労回復が早く、翌日の仕事の効率も上がるという報告もあるそうです。これも、匂いの濃度が75ppm以上になると鼻・のどを刺激し、100ppm以上では耐えられない状態になってしまうそうです。森林内のテルペンなどの揮発性成分の濃度は通常1ppm以下で、木材を内装に使った場合も高濃度の揮発性成分を添加しない限り、ストレスにならない低濃度であるとされています*7
 木の匂いの、人を含む生物の体への影響についての研究結果を以下にまとめてみました。サウナと木の匂い
 
匂いと記憶
  木の匂い成分が生物に及ぼす影響についての研究もされていますが、そうした匂い成分だけの効果はそれほど大きいものではないということも指摘されています。森林浴の効果も、匂いの直接的効果というより、総合的なものであるという指摘があります。 
フィトンチッドの一部である、α―ピネン、リモネンは広く森林で抽出されるが、極めて低濃度であり、森林浴効果は、あくまでも視覚、聴覚、嗅覚、触覚などの他の感覚を含めた総合的な影響であると考えられている*8 。

 

  「フィトンチッド」という言葉は、森林浴の効果としてよくあげられますが、植物が自分を守るために発する殺菌成分のことだそうです。植物を意味する「phyto」と、殺すを意味する「cide」で構成された言葉で、1930年頃、旧ソ連のB.P.トーキンにより発見されて名付けられたものです*9。木の発する匂い自体が人体に大きく影響するというより、五感を通した総合的な効果があるに過ぎないのでは、ということです。「サウナとアロマ」でも、アロマテラピーについて、匂いが直接人体に与える影響は科学的に証明しにくいことを指摘しました。

 また、「木の匂いが好き」という好みの問題になると、これはかなり個人差があると考えられます。もともと、匂いは「年齢、性別、地域等の違いよりも個人差が強い」*10とされています。

 そして、嗅覚は五感の中で最も記憶と結びついているという指摘もあります。それは、「嗅覚が五感の中で唯一、嗅細胞・嗅球を介して、本能的な行動や喜怒哀楽などの感情を司る大脳辺縁系に直接つながっているので、より情動と関連づけしやすいため」*11と言われています。匂いを嗅ぐことでそれにまつわる記憶がよみがえる、という経験をしたことがある人も少なくないのではないでしょうか。このような特定の匂いが、それに結びつく記憶や感情を呼び起こす現象は、「プルースト効果」と呼ばれています*12。例えば暗記をするときに特定の匂いを嗅ぎ続け、思い出さなければならないときにその匂いを嗅ぐと思い出しやすいそうです。また、匂いによって思い出せなかった記憶が意識によみがえることもあると言います。

 「サウナとアロマ」でも、匂いが直接人体に影響するというより、「条件反射を応用すること」*13が有効であるという指摘を紹介しました。つまり、好きな香りを探して、日頃からその香りをかぎながらリラックスする練習をして、ストレスを感じたときにその香りをかぐことでリラックスできる、という使い方です。これも、匂いと記憶が密接に結びついているために有効な手段です。

 木の匂いについても、万人にとって心地良い、好ましいものというわけではないでしょう。英語でwood、smellなどの単語で記事を調べると、どのように家具の木の匂いを落とすか、というような記事も多いことがわかります。日本語の記事でも、強すぎる新しい家具の匂いを落とす方法についての記事はありますが、木の匂いで癒し、というものは日本語文献の方が多いように感じました。また、「サウナと木材」で紹介した北米の例のように、風呂周りに木材を使うことが必ずしも一般的ではない文化圏の人にとっては、入浴するときに木の匂いがすることは必ずしもリラックスできるものではないかもしれません。一方、「サウナと木材」ではフィンランドのサウナに専ら木材が使われることから、サウナは木材で作るという文化ごと他の国にも入っているということも指摘しました。日本も桧風呂など、浴室環境に木の匂いが伴うことのある文化圏です。伝統的に木材を浴室環境に使う文化圏では、風呂でかぐ木の匂いに違和感がなく、リラックスできるのかもしれません。

 

現代人と木の匂い

 そもそも、「森林浴」という言葉自体、歴史の浅いものです。「森林浴」とは、1982年に林野庁の「森林浴構想」の中で、秋山林野庁長官(当時)が命名したものです*14。「森林の中には殺菌力を持つ独特の芳香が存在し森の中にいることが健康体をつくる」という構想のもとに発表された言葉だそうです*15。自然休養林など、国有林を積極的に利用し、森林におけるレクリエーションを楽しみながら健康な体づくりをしよう、というキャンペーンとして出てきた言葉というわけです。

サウナと木の匂い

(画像出典:マイナスイオンを浴びて癒される!関東近郊の森林浴スポット7選 | キナリノ

 

 「森林浴」に関するものを調べていくと、「都会の喧騒を離れて」「都会のストレスを忘れて」というような言葉が並んでいます。あまり自然の多くない環境で生きている現代人にとっては、木の匂いに触れるのは「リラックスしているとき」であるとも言えます。木の匂いをかぐとリラックスする、というのは、成分のせいではなく、むしろ現代人にとっては、木の匂いは「リラックスできる香り」として記憶されているということではないでしょうか。結果的に、都会にいながらでも木の匂いをかぐと「仕事から離れた」「ストレスから離れた」ときの気持ちになり、リラックスできるという仕組みが考えられます。

 また、知識として、「木の匂い」は「リラックスできる」「良いもの」とインプットされているため、木の匂いをかいだときに好ましい印象を抱くということもありそうです。木の中でも、ヒノキの香りは桧風呂などのイメージもあり「高級なもの」というイメージが文化的に形成されています。例えば、同じヒノキの匂いを嗅がせて「好き」か「嫌い」か判断してもらう実験で、これはヒノキであるということを告げる場合と、告げない場合とでは 、ヒノキであると告げた場合の方が「好き」と答える割合が高くなると言います*16。それは「ヒノキの良い材、良い香りとしての先入観があるからである」*17と指摘されています。つまり純粋に香りだけで「好き」「嫌い」を判断するより、ヒノキだと知ってその香りをかいだ方が「良い香りだ」と認識しているということです。純粋な匂い成分よりも、こうした現代人の文化の中での記憶によって、木の匂いは「リラックスできる匂い」と多くの人に感じられているのではないでしょうか。

 サウナ好きにヴィヒタの香りが好きな人が多いのも、サウナ室でかいだ記憶があるからということも影響しているかもしれません。サウナ室以外でもヴィヒタの香りをかいでいいなぁと感じる人もいると思いますが、これもヴィヒタそのものの匂いのためだけではなく、やはり、好きなサウナ室でかいだ匂い、という記憶と結びついているのではないでしょうか。

 

 今回は木の匂いについて考えてみました。都会の中で忙しく暮らし、ストレスの多い現代人にとって、木の匂いは経験的に「リラックスできる匂い」であり、木材を使っていたり、ヴィヒタが置いてあったりするサウナは現代人にとってこそ、癒しの空間として効果が高いとも言えるでしょう。

  

 
参考文献
浅野三千秋(1995)「においの基礎知識―生活におけるにおいの役割―」、『繊維製品消費科学』36 巻12 号、pp.728-735
小野田法彦(2000)『脳とニオイ 嗅覚の神経科学』、共立出版
小林功・近藤照彦・武田淳史(2013)「森林浴の歴史について」、『群馬パース大学紀要』第15号、pp.56-62
富田雅義「においと記憶」、『日医online』、2018年10月5日(最終閲覧日:2020年7月25日)
羽津建設株式会社「ヒノキの香り成分の効用」(最終閲覧日:2020年7月25日)
谷田貝光克(1997)「木材と感性 4. におい感 覚と木材」、『材料』vol.46、pp.1222-1227
 
 
 
 

*1:谷田貝、p.1222

*2:羽津建設株式会社HP

*3:谷田貝、p.1222

*4:この結果に匂いが関連していることは、ヘキサンを抽出するかしないかで明らかになっている。

*5:谷田貝、p.1224

*6:同上、p.1225

*7:同上、p.1224

*8:小林・近藤・武田、p.6

*9:同上

*10:浅野、p.21

*11:富田

*12:同上

*13:小野田

*14:小林・近藤・武田、p.57

*15:同上

*16:谷田貝、p.1225

*17:同上