Saunology -Studies on Sauna

Saunology -Studies on Sauna-

サウナについて調べ、考え、まとめるブログ。知れば知るほど、サウナにはまだまだ謎がある。その謎を解き明かしていくために、サウナについて様々な角度から考察してサウナ理解を深めます。身体で感じるだけでなく、頭で仕組みを考えるとサウナはもっと楽しい。サウナ好きがサウナをもっと知りもっと楽しむために始めたサウナ考察ブログ。 お問合せは下記までどうぞ。 saunology37@gmail.com

水風呂の歴史 -前編-

 今週15日(火)は「WARAKU GIG」に出演させていただきました。「日本の沐浴とサウナ ~WARAKU GIG.32~」というタイトルで、日本の沐浴の歴史をサウナの視点でまとめてお話しさせていただきました。古代から近代までの日本の沐浴史を絵巻や版本の絵も参考にして概観し、1960年代に海外の「サウナ」が日本に入ってきてからの現代史については古い新聞記事を中心に振り返り、「ブーム」をキーワードにまとめてみました。2時間弱に及ぶトークイベント、いろいろご質問もいただきました。更に調べて今後の記事にまとめたいと思うご質問もいろいろありました。貴重な機会をいただき感謝です。

昔の人も「ととのう」のか?

 ブログの記事にも書きましたが、トークイベントで平安時代や鎌倉時代の蒸気浴に関しては、公卿の日記などに「フロ」の記述があることを紹介しました。それに関して、昔の人の蒸気浴の「感想」などは文献上に残っていないのか、昔の人も「ととのった」というような感覚はあったのか、というご質問をいただきました。

 「ととのう」というのは、人によっても解釈が違うところがあると思いますが、基本的にはサウナのあとに水風呂で身体を冷やした後、休憩をすることで得られる感覚かと思います。こうした視点で考えると、昔の人は「ととのう」感覚はなかったかもしれません。

 そもそも昔の蒸気浴は、蒸し風呂で垢を浮かしてお湯や水で流すという形で、水風呂に浸かるということはなかったようです。水をかける、ということはあっても、水に浸かる、というのはやはり時代が下ってからだと考えられそうです。トークイベントでは、そういう事情で「ととのう」という感覚はなかったかもしれない、とお答えして、水風呂に浸かるという習慣はいつからあるのだろうと改めて疑問に思いました。

 まだその答えにはたどりついていませんが、今回と次回は「水風呂」のはじまりについて考えてみたいと思います。

 

「水風呂」はいつからあるのか

 昔の人が蒸し風呂にどのように入っていたかをうかがい知る資料の一つに、鎌倉時代の宮廷医、惟宗具俊による医学随筆集『医談抄』の「風呂事」という項目の記述があります。

遊戯沈酔ノ人ノ所為ナリ、湊理ヲムシアケテ冷水ヲカケアラハヾ、ヒサシク雑談シテ風ヲ引ナルヘシ*1

 「湊理」は皮膚のことで、「皮膚を蒸し上げて冷水をかけて洗う」という形で蒸気浴を行っていた記録の一つということになります。「冷水ヲカケアラハバ」(冷水をかけて洗えば)とあるように、浸かるのではなく冷水をかけるというイメージのようです。「サウナと歴史 日本の蒸気浴の歴史~中世~」で紹介した絵巻の絵を見ても、水槽は浸かるものではなくかけ水・かけ湯をするためのものだったようです。そもそも水や湯にどっぷり浸かる形式の風呂を人工的に作るというのはなかなか大変で、江戸時代になるまでは天然の温泉以外にはあまりそうした沐浴のスタイルはなかったようです。水がふんだんにないと、どっぷり浸かる風呂は難しいですよね。

 江戸時代の銭湯の様子について、『守貞漫稿』に平面図が載っています。こちらは江戸の銭湯の平面図です。

(画像出典:『守貞漫稿』)

 

 「男浴槽」「女浴槽」の間に「大水槽」があり、その奥に井戸があるのがわかります。「大水槽」が水風呂であったとしたら、男湯だけに水風呂、ということになりますが、これ恐らく浸かるものではなかったでしょう。

  

温冷交代浴 

 サウナ後に水風呂に入る、という流れは温冷交代浴の一つだと言われています。温冷交代浴とは、「水温の差がある2つの浴槽に交互に浸かることによって、普通の温浴(例えば40℃の湯に10分浸かる)とは異なる健康効果が得られる」*2入浴法です。サウナと水風呂のセットも、この温冷交代浴の効果が得られるわけです。

温冷交代浴

(画像出典:サウナーが言う「ととのう」ってどういう状態?「最強の温泉習慣」著者のドクターに聞いた | r25.jp)

 

 「東京銭湯」の記事では、温冷交代浴について「10年ほど前からにわかに注目されてきた入浴法に『温冷交代浴』があります」*3と紹介されています。この記事では、『銭湯検定公式テキスト2』の次の記述が引用されています。

温冷交代浴は、もともとヨーロッパで温泉療法の一つとして行われてきたものですが、最近ではアスリートが疲労回復の手段として積極的に取り入れるようになってきました。2013年には温冷交代浴の大規模な研究が行われ、この入浴法を評価した結果が海外で発表されました。その結果、疲労回復や筋肉痛の緩和などを含む多くの指標で、温冷交代浴がすぐれていることが分かったのです*4

 大規模な研究が行われたのが2013年、その結果、温冷交代浴が疲労回復や筋肉痛の緩和などに効果があることがわかったというわけです。研究され、効果について注目され始めたのは比較的最近の話だと言えそうです。もちろん、その前から浴室に水風呂はあるわけですが、温冷交代浴の効果に注目するようになったのはかなり最近と言えそうです。サウナ・水風呂も温冷交代浴だと考えられていますが、そもそも温冷交代浴とは具体的にどのようなものとされているのでしょうか。『東京銭湯』の記事では、銭湯での温冷交代浴の方法について次のように説明されています。

入浴前にまず水分の補給を忘れないでください。最初に体の汚れを落とすために全身を洗います。その後、40℃のお湯に3分間、肩まで浸かります。その後湯船から出て、30℃くらいのぬるま湯をシャワーで手の先、足の先に30秒ほどかけます。これを3回繰り返し、最後はお湯に浸かって上がります*5

 つまり水風呂に入らなくても温冷交代浴にはなるということです。むしろ、冷たい水風呂にざぶんと入る方法は期待する効果が得られにくいという指摘もあります。

最近の温冷交代浴ブームの背景には、温浴で汗が噴き出した体を水風呂にざぶんと浸けることで得られる爽快感がきっかけになっていることも多いようです。しかし、医学的に見るとこれは血圧の急上昇などのデメリットが大きく、むしろ期待する効果は得にくいと考えられています*6

 

 ところでこの温冷交代浴、「冷」で終えるのが良いのでしょうか。「温」で終えるのが良いのでしょうか。『東京銭湯』は、「㊾ ブームの温冷交代浴を医学で解剖してみると」という記事の次の「㊿『温冷交代浴は冷浴で終わる』というネット情報は正しい?間違い?」という記事で、「温」で終えるのか「冷」で終えるのかという問題をとりあげています。

 サウナの文脈で語られる場合は「冷」で終える、つまり水風呂で終えることを推奨するような書き方が多いようです。一方、「温泉ソムリエの癒し温泉ガイド」では、次のように書かれています。

温水は全身浴でもOK!冷水は「足浴」など「部分浴」で!

「温」で終わるか、「冷」で終わるかは・・・

●寝る前、寒いとき、慣れていない人は、「温」ではじまり「温」で終わる。
●寒くないときは、慣れてきたら、「冷」ではじまり「冷」で終わる。

初心者は3回繰り返す。
慣れたら5回が適当。
限度は7回*7

 『東京銭湯』の記事では「必ずしも『冷浴で終わらせるのがベスト』ということではなさそうです」*8と結論付けています。結局のところ、体質などにもよるということなのでしょう。そして、蒸し風呂に入ったあとに水をかける、というような形でも温冷交代浴と言うことができそうで、そうすると効果について注目され始めたのは最近でも、温冷交代浴の歴史は長いということになりそうです。鎌倉時代の『医談抄』にすでに「冷水」をかけるということが書かれているわけですから、広い意味での温冷交代浴の歴史は長い、と言えそうです。

 しかしやはり気になるのは水風呂にどっぷり入る形の交互浴、水風呂の歴史です。次回は、古い新聞に見る「水風呂」の記述を紹介して、水風呂の歴史について更に考えてみたいと思います。 

  

参考文献・資料

『医談抄』、国文学研究資料館「新日本古典籍総合データベース」より(京都大学附属図書館 蔵)

温泉ソムリエの癒し温泉ガイド、「分割浴」(最終アクセス日:2020年9月19日)

東京浴場組合、「㊾ ブームの温冷交代浴を医学で解剖してみると」、『東京銭湯』2020年5月29日(最終アクセス日:2020年9月19日)

『守貞漫稿』、東京堂出版、1974年(国立国会図書館蔵本の複製)

 

*1:『医談抄』、国文学研究資料館「新日本古典籍総合データベース」より

*2:東京銭湯、「㊾ ブームの温冷交代浴を医学で解剖してみると」

*3:同上

*4:同上

*5:同上

*6:同上

*7:『温泉ソムリエの癒し温泉ガイド』「分割浴」

*8:東京銭湯、「㊿『温冷交代浴は冷浴で終わる』というネット情報は正しい?間違い?」