「サウナと時間②」では日本のサウナ室の二大タイマー、砂時計と12分計について考えてみました。私たちはサウナ室にいる時、時間をいつもより長く感じているでしょうか、短く感じているでしょうか。今回は、体感の時間について考えてみます。
そもそも時間とは
そもそも時間とは何か、ということを考えてみると、意外と説明が難しいものです。私たちが「時間」の基準にしているものに、時計があります。
時計の時間は、世界のどこにいても適用できる共通の時間、「世界時」を創ろうということで創り出されました*1。世界時は、もともと地球の自転などを基に決められました。時計の時間が人の生活に大きな影響を及ぼすようになったのは、「農耕に関わる作業に大量の労働力を投入する必要が出てきたから」*2だとされています。農耕には時間の管理が重要だったということでしょう。
しかし、地球の自転は一定ではなく、より正確に1日の長さを決めるにはもっと厳密な方法が必要でした。そこで、世界共通の時間を決めるという協定が結ばれました。この共通の時間は原子時計を用いていて、「協定世界時」と呼ばれ、1961年から用いられているそうです*3。
原子時計とは、原子の性質を利用して、原子によって放射されたマイクロ波の振動数に基づいて正確に安定した時を刻む時計です*4。原子や分子は、エネルギーの状態が変わる時に特定のマイクロ波を発するという性質があるそうです。これを利用して、正確な時間を表すのが原子時計というわけです。
(画像出典:SEIKOミュージアムHP)
私たちは時計の時間を共有していて、当たり前のものと思っていますが、「世界共通の時間や時間の単位は、協定による国際的な取り決め」*5なのです。
体感の時間
時計の時間は協定により決められていて、私たちは時計によって同じ長さの1秒、1分を共有しています。しかし、時間の長さの感じ方は人によっても違いますし、同じ個人の中でも一定ではありません。私たちは時計の時間より時間を長く感じたり短く感じたりします。時計の時間とは別に、私たちが体感している時間、体感の時間があり、この「体験される時間は伸びたり縮んだりする」*6とされています。
体感する時間、と言いましたが、そもそも私たちは時間を知覚する感覚器官を持ちません。例えば視覚情報であれば目を通して、聴覚情報であれば耳を通して、私たちは外部の物理的情報をとりこみ、脳内で変換して知覚しています。しかし、時間には目や耳のように、それを受け取る特定の器官があるわけではないのです。どこかの器官が何かの情報をキャッチして、脳で処理して知覚する、というプロセスで時間を感じているわけではありません。
しかし、私たちは時間を長く感じたり短く感じたりします。人間の時間感覚を決めるような過程が身体のどこかにあると考えられています。この時間感覚を決める過程は「内的時計」と呼ばれています*7。道具としての時計が使われるようになってから、「感じられる時間の長さや速度は、実際の時計のように時を刻む内的時計の進み方によって決まる」*8と考えられるようになったそうです。
人の時間の感覚について、心理学では「時間評価」という言葉も使われます。心理学では時間の感覚について、「ある特定の時間の長さをどの程度として見積もる(評価する)か」*9という観点から取り上げられてきました。
この内的時間や時間評価には複数の要素が影響すると考えられています。松田文子らは、どういうときに時間を心理的に長く感じたり短く感じたりするか、ということについて、経過時間中に受ける刺激、経過時間中に能動的に行う作業の効果、心理的要因の効果、生理的要因の効果をあげています*10。つまり、その時間にどのくらいの刺激が外からあるか、どういう作業をするか、どういう心理状態であるかなどが関係するということです。生理的要因としては、代謝や体温との関係について指摘されています*11。
サウナ室にいる時の時間の流れ方には、これらの要素はどう関係してくるでしょうか。
代謝が激しいと時間は長く感じる
時間の感覚には身体的代謝が関連していると考えられます。一川誠は「実際に、身体の代謝は時間評価に大きな影響を及ぼします」*12と指摘しています。代謝が激しいと、内的時計は速く進むと言うのです。
代謝が激しいと内的時計は速く進む、つまり時間がゆっくり進むように体感されるということです。例えば熱が出ている時や運動・入浴によって代謝が上がった時には、時間の長さは通常より長く体感されると言います*13。一方、代謝が低調になる朝や深夜・寝ている時には時間が速く過ぎるように感じるそうです*14。実際に午前中は何だかあっという間に時間が過ぎる、と感じている人も多いのではないでしょうか。これは代謝と関係があったのですね。
本当に代謝なんて関係あるのか、という気もしますが、一川は「内的時計が身体のどこかにある過程だとすると、その進み方が身体の代謝と連動するということはそれほど意外なことではないでしょう」*15と言います。確かに、私たちが身体のどこかに時間の感覚を持っているのだとすれば、代謝がそれに影響を及ぼすというのも自然と言えば自然なのかもしれません。
刺激・出来事の数が少ないと時間は長く感じる
また、同じ長さの時間でも、知覚する刺激・出来事の内容や数によって体感の時間は変わってくると言います。
刺激の回数・頻度が高くなるほど、時間は短く感じられるといいます*16。また、内容に意味があるかどうかも体感の時間と関係があるとされています。物理的には同じ要素、例えば同じ数の文字を聞かされたとしても、意味なく羅列されたものであると知覚する場合と、いくつかのまとまりをもった要素であると知覚する場合では、実際にかかる時間は同じでも体感する時間は違ってくるそうです*17。
何もすることがなく、外からの刺激もない状態で過ごす5分と、本を読んだり文章を書いて過ごす5分とは体感の時間が違うということは多くの人が経験していることでしょう。また、自分がわからない外国語を聞く5分間と、日本語で内容がわかる話を聞く5分間を比べても、前者は長く感じそうですよね。
サウナ室で時間が長く感じられる理由
サウナ室にいる時に普段より時間が長く感じられる理由は複数あると考えられます。まとめると次にようになります。
サウナ室にいる時には入浴時・運動時と同じように代謝が上がっていると考えられるので、まずこれが時間が長く感じられる理由だと言えるでしょう。また、サウナ室にいる間は、周りで起こる出来事も少なく、刺激の数も少ないと言えます。これも時間が長く感じる要因の一つと言えそうです。テレビのあるサウナ室でテレビを見ている方が時間が速く過ぎる気がするのも、テレビがある方が出来事・刺激の数が増えるためと言えます。ロウリュサービスの時により時間を長く感じる人もいるかもしれませんが、これにも代謝や出来事の数が関係していそうです。
基本的にサウナ室では時間が長く感じるという人が多いかもしれませんが、疲れている時、無心の状態でぼーっとしている時には逆に普段より時間が短く感じられることもあると思います。あれ、もう5分過ぎていた、ということもありますよね。それは疲れていて代謝が低調になっているせいかもしれません。
サウナ室にいる時には時間が進むのが遅く感じるのは、熱いな、と思うことや特にやることがないことが原因かと思っていましたが、他にも複数の理由が考えられることがわかりました。サウナ室で時間がゆっくり過ぎるように感じる時は、代謝が上がっているのかな、刺激が少ないからかな、など考えながら、その贅沢な時間を楽しみたいものです。
参考文献
一川誠(2008)『大人の時間はなぜ短いのか』、集英社新書
一川誠(2009)『時計の時間、心の時間』、教育評論社
松田文子他(1996)『心理的時間 : その広くて深いなぞ 』、北大路書房