Saunology -Studies on Sauna

Saunology -Studies on Sauna-

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サウナと入れ墨・タトゥー①

 スーパー銭湯やサウナ施設では「入れ墨・タトゥーお断り」の掲示があることも多く、入れ墨やタトゥーが入っていると行けるサウナは限られます。オリンピックを目前に、この「入れ墨・タトゥーお断り」の是非について議論されたりしています。今の時代に合わない、禁止する法的根拠はない、といったことが取り上げられながらも、変えるのが難しい文化・伝統のように言われることもあります。しかしこの禁止の歴史はそれほど長くはないようです。今回は、入れ墨・タトゥーについて考えてみます。

 

そもそも入れ墨とは

  「入れ墨」は辞書では次のように定義されています。

肌に針や刃物で傷をつけ、墨汁・朱・ベンガラ・緑青などの色素をすり込んで、文字・紋様・絵柄を描き出すこと*1

 日本には、このいわゆる「イレズミ」を表す単語が「入れ墨」以外にもいろいろあります。基本的に同じものを指しますが、言葉によってニュアンスが少し違ってきます。長吉秀夫の『タトゥー・エイジ』の解説をもとに、ニュアンスの違いをまとめると次のようになります。

サウナと入れ墨、タトゥー

 

 「イレズミ」と「タトゥー」は別物とされることもありますが、長吉は「イレズミもタトゥーも同じものだと考えている。それは、いずれも己の身体に墨を入れていくという行為そのものであるからだ」*2と指摘しています。本質的には同じものを指すわけですが、それぞれ異なるニュアンスを持った言葉だと言えるでしょう。 

 

日本の入れ墨の歴史

 日本では古代から入れ墨の慣習があり、それが一度途絶えて、また行われるようになったと考えられています。決定的な証拠はないものの、縄文土器の装飾や『魏志倭人伝』に「イレズミ」の記載があることから、山本芳美は「古代日本に顔面や身体へのイレズミ慣行が存在した」*3と結論付けています。しかしその後、日本の歴史の中ではイレズミが一部地域の、アイヌ民族や琉球民族の記録にしか見られなくなると言います*4。一度消えたイレズミ文化ですが、江戸時代初期には再び行われるようになったと言います*5

 江戸時代のイレズミも、社会全体で広く行われたというわけではなく、町人、特に職人がその中心だったとされています*6。そして、この職人たちに好まれたイレズミは、武士階級とは対立することになったと言います。江戸時代には服装が身分別に定められていたため、町人の服装に「ぜいたくさ」が目立ってくると、幕府から「奢侈禁止令」が出されました。こうした動きの中で、江戸幕府は1811年から「触れ書」によって数回、イレズミに規制をかけたそうです*7。しかし当時の「触れ書」にはさほど拘束力もなく、イレズミを好んだ町人たちにあまり影響はなかったそうです。

 一方で、江戸時代には罰則としての入れ墨も登場します。刑罰として入れられたものは「黥(いれずみ)」「入墨」という表記で記録されています*8

 

入れ墨・タトゥーと温浴施設

 スーパー銭湯やサウナ施設で「入れ墨お断り」の掲示を見ることは多いです。東京オリンピックが近づく中、観光庁は全国のホテル、旅館、約3,800施設に調査表を送って、約600施設(約15%)から得られた回答を公表しています。その調査結果は次のようなものです*9

サウナと入れ墨、タトゥー

 

Saunologiaからの提案で英訳追加)

サウナと入れ墨、タトゥー

 

  観光庁は、「入れ墨(タトゥー)がある外国人旅行者の入浴に際し留意すべきポイントと対応事例」を発表し、今後旅行会社などさまざまな方面に働きかけていくとしています。具体的な留意点と対応事例は以下の通りです*10

 

【留意点】  

 ・宗教、文化、ファッション等の様々な理由で入れ墨をしている場合があることに留意する。
・利用者相互間の理解を深める必要があることに留意する。
・入れ墨があることで衛生上の支障が生じるものではないことに留意する。

 

【対応事例】
・シール等で入れ墨部分を覆うなど、一定の対応を求める方法
・入浴する時間帯を工夫する方法
・貸切風呂等を案内する方法

 

 しかし、ホテル、旅館だけでなく温浴施設の「入れ墨・タトゥーお断り」がすぐに変わるとは考えにくいです。山本は、最近ではこの「入れ墨・タトゥーお断り」を日本の「伝統」とする考え方も出てきていることを指摘します。山本は大阪府高槻市の入浴施設の注意書きの以下の部分を紹介しています。

入墨・タトゥーのある方は大浴場のご利用はご遠慮ください。これらはすべて日本のお風呂文化の重要な部分であり、どうかご理解くださいますようお願い申し上げます。

People with tatoos*11 may not use the bath or the bathing area. These rules are all important part of our culture and we ask that you respect them*12.

 「入墨・タトゥーお断り」が日本の文化の重要な部分であるとされているのです。オリンピックを前に、「入れ墨・タトゥーお断り」をどうするかという議論の中では、この考え方は時代に合っていない、と言われることもあります。なんとなく、崩しにくい「伝統」のように語られたりもしますが、温浴施設の「入れ墨・タトゥー禁止」の歴史はそれほど長くないようです。

 

「入れ墨・タトゥー」禁止と銭湯

 山本によると、温浴施設の「入れ墨・タトゥー禁止」の歴史は「せいぜい三〇年前にさかのぼれる程度の意識」*13だそうです。山本は、過去の新聞記事などから、こうした動きは1980年代頃からであるとしています。先に挙げた江戸時代の「触れ書」や一部温泉での掲示などはそれより前からあったようですが、現在のようにそれが主流になってきたのはせいぜい30年前くらいからだということのようです。

 そもそも、「イレズミといえばアウトロー」という現在のイメージとは異なる状況が1950年代くらいには見られていたと言います。それは、「職人文化の一部」*14としての入れ墨です。「江戸時代後半から少なくとも一九五〇年代半ばまでは、鳶、大工、仕事師はイレズミをしていないと格好がつかないとの意識があった」*15というのです。「職人」と言えば入れ墨、という時代がそう遠くない過去にあったわけです。入れ墨は必ずしもアウトローのイメージではなかったわけですが、なぜ、アウトローのイメージが強くなったのでしょうか。

 山本はその理由を2つ挙げています。1つは家風呂の普及、もう1つは「やくざ映画」の影響です。「イレズミを彫ってもらう最中の人たちは、銭湯通いがつきものであった」*16と言います。つまり、入れ墨のある人ほど銭湯によく行っていたということです。それは、彫った後に熱い湯で身体を洗うことが仕上がりを良くすると考えられていたためです。「湯が熱ければ熱いほど、色も鮮やかになると言われていた」*17そうです。そして、入れ墨全体が完成するまでには時間がかかり、絵柄が未完成だとみっともない、と思って自分の住んでいるところからあえて遠くの銭湯に通う人もいたそうです*18

 家風呂の普及により、銭湯が減り、一方で健康ランドやスーパー銭湯が増える中で、単純に「入浴」を目的とするというより、「娯楽性やリラクゼーションをより重視するようになった」*19ことで、「施設全体がアミューズメント化し、快適さ、健全さをより重視」*20するようになったと山本は考えます。家風呂の普及に伴うこうした温浴施設の変化の中で、「入れ墨・タトゥー」のアウトローなイメージが強くなっていったと山本は指摘します。また、1960年代以降に量産された「やくざ映画」も、「入れ墨=アウトロー」のイメージを強化したと考えられています*21。その結果、「職人のイレズミに関する『社会的な記憶』が失われていったのではないか」*22と山本はまとめます。

 日本の文化、伝統、という文脈で語られることもある「入れ墨・タトゥーお断り」ですが、その歴史はそれほど長くなく、また「入れ墨=アウトロー」という図式には家風呂の普及という入浴習慣の変化、温浴施設の変化も関与していると考えられているわけです。

 

  今回は、入れ墨・タトゥーについてまとめてみました。日本の温浴施設の「入れ墨・タトゥーお断り」について、海外からの旅行者たちはどのように考えているのでしょうか。次回は、海外から見た日本の「入れ墨・タトゥー禁止」について考えてみます。

 

参考文献

観光庁HP、「入れ墨(タトゥー)がある外国人旅行者の入浴に関する対応について」

観光庁HP、「入れ墨(タトゥー)がある方に対する入浴可否のアンケート結果について」

長吉秀夫(2005)『タトゥー・エイジ』、幻冬舎

山本芳美(2016)『イレズミと日本人』、平凡社

 

*1:大辞林「入れ墨」の項

*2:長吉、p.13

*3:山本、p.33

*4:同上、p.35

*5:同上、p.37

*6:同上

*7:同上

*8:同上、p.39

*9:観光庁HP

*10:同上

*11:本文ママ

*12:山本、pp.136-137

*13:同上、p.137

*14:同上、p.174

*15:同上、p.154

*16:同上、p.165

*17:同上

*18:同上、p.166

*19:同上、p.167

*20:同上

*21:同上、p.174

*22:同上、p.168