Saunology -Studies on Sauna

Saunology -Studies on Sauna-

サウナについて調べ、考え、まとめるブログ。知れば知るほど、サウナにはまだまだ謎がある。その謎を解き明かしていくために、サウナについて様々な角度から考察してサウナ理解を深めます。身体で感じるだけでなく、頭で仕組みを考えるとサウナはもっと楽しい。サウナ好きがサウナをもっと知りもっと楽しむために始めたサウナ考察ブログ。 お問合せは下記までどうぞ。 saunology37@gmail.com

サウナとひらめき

 サウナでは良いアイディアがひらめく、と言われることがあります。最近では、サウナ施設内のコワーキングスペースなど浴室を出てからだけでなく、サウナ室で会議をすると良いという意見まで見られます。サウナ室は本当にひらめきやすい環境なのでしょうか。思考や会議に向いているのでしょうか。今回は、サウナとひらめきについて考えてみます。

 

サウナで人はひらめくか?

 個人的な感想、経験談としてサウナではアイディアがひらめきやすい、と言う人もいますが、サウナの効能として脳の働きについて指摘されることもあります。

 例えば、NEOSAUNAの"Benefits of Sauna Therapy"には、脳への影響の一つとして"Creative Expansion"(創造的ひろがり)があげられています。 

states of relaxation foster creativity, as the body and mind feel secure in their environment. No longer merely surviving, the brain fires neurons in many directions increasing creative thoughts. *1

(リラックス状態は創造力を育みます。身体と心が、その環境は安全だと感じるためです。生き残るためということではなく、脳はさまざまな方向にニューロンを発火させ、創造的、クリエイティブな思考を活発にします。)

 また、The Renegade Pharmacistでも、サウナを利用することで得られる効果として脳の働きについて言及されています。

サウナ 効果

(画像出典:The Renegade Pharmacist 

For Your Brain:
Helps grow new brain cells.
Helps your brain function faster.
Improves memory, attention and focus.*2

(脳への効果

新しい脳細胞の成長につながります。

脳の機能を速くします。

記憶力、注意力、集中力を向上させます。)

 サウナの効果として、脳機能について言及されているわけです。ただ、これらはサウナ室にいる時、というよりもサウナ浴をすることで脳にどのような影響があるか、という記述です。サウナ室という空間は、ひらめきやすい空間なのでしょうか。そもそも人はどんな環境でひらめきやすいのでしょうか。

 

ひらめきやすい環境

 中国の欧陽脩(1007年~1072年)*3は、『帰田録』の中でひらめきやすい条件として「三上」を挙げています。

余、平生作る所の文章、多くは三上に在り。乃(すなは)ち馬上・枕上(ちんじゃう)・厠上(しじゃう)なり*4

 文章を書くのに最も良い環境として、「馬上」「枕上」「厠上」の3つが挙げられています。つまり、馬に乗っている時、寝床に入っている時、そしてトイレに入っている時です。この3つの状況が、アイディアが浮かびやすい、つまりひらめきやすい状況だと言うのです。

 他にもひらめきやすい環境として、フレドリック・ヘレーンは『スウェーデン式 アイデア・ブック』で「創造性の4B 頭が冴える場所」を挙げています。創造性の4Bとは、バー(Bars)・バスルーム(Bathrooms)・バス(Busses)・ベッド(Beds)の4つです。この4つが「多くの人が普段よりひらめきやすい場所」*5だと言うのです。

 三上の「馬上」は馬での移動中ということですから、バスと大体同じと言えます。「枕上」とベッドも同じことですね。トイレとお風呂は若干違いますが、全体的に共通しているのはリラックスした状態、あまり他の作業をしていない状態ということになります。

 ヘレーンは創造性の4Bの他にも、「セミナーや講演の参加者に聞くと、『ジョギングしているとき』『子供と遊んでいるとき』『サウナに入っているとき』など、いろいろな答えが返ってきます」*6と、サウナにも言及しています。

 三上にしても、創造性の4Bにしても、リラックス状態というのがポイントのようです。人がひらめく仕組みとはどういうものなのでしょうか。 

 

ひらめきの仕組み

  2018年2月4日放送のNHKスペシャルで、「ひらめいた」状態の脳の状態についての実験が取り上げられました*7。番組では、芸人であり作家でもある又吉直樹が「ひらめいた」と思った時の脳の状態をMRIで調べ、その結果脳の広い領域が一斉に活動している状態になっていることがわかったと言います。そして、それは人が「ぼーっとしている」状態に近いそうです。

 人が「ぼーっとしている」時、脳は活動をやめているのではなく広い領域が活性化している「デフォルト・モード・ネットワーク」という状態にあるということがわかってきていると番組は紹介しています。「ひらめいた」という状態が自己申告であり、MRIで見た結果が「ぼーっとしている」状態であるというだけで、リラックス状態とひらめく状態が同じである、とは結論付けられないとは思いますが、三上や創造性の4Bなども踏まえると、やはりリラックス状態はひらめきやすいと感じる人が多いと言えそうです。

 

高温環境と思考

 では、サウナ室はリラックス状態になれる場所であると言えるのでしょうか。これは、サウナに慣れているかどうかにもよると考えれます。

 一般的に、高温環境は作業効率が悪いということが指摘されています。多くの実験は計算などの単純作業で行われていますが、作業環境の温度が上がると効率が下がることが指摘されています。例えば、"Effect of Temperature on Task Performance in
Offfice Environment"では  室温が30℃になると22℃の場合に比べてパフォーマンスが8.9%低下したとされています*8。日本の研究報告でも、例えば環境温度が高くなると聞き逃しエラーが増えることが実験の結果で明らかになっています*9。一方で、暑さに慣れている人については、そうでない人に比べてパフォーマンスの低下が見られにくかったという指摘もあります。例えば、「45℃のサウナを20分間、10日連続で利用したところ、暑熱への順化が促され、サウナを利用しなかった群と比べて高いパフォーマンスが観察」*10されたと言うのです。基本的には、環境温度が高いと作業効率が落ちたり、計算などでエラーが増えたりするわけです。サウナを普段から利用することで熱さに慣れている人と、そうでない人とでは多少パフォーマンスに差は出ると考えられますが、いずれにせよ複雑な思考や作業には、サウナ室のような高温環境は不向きだと言えそうです。 

  サウナ室は、サウナに慣れている人で、熱い、苦しい、何分くらいいたらいいんだろう、等考えることなくリラックスできる人にとっては、トイレやお風呂、ベッドと同じようにリラックスできる場所と言えるでしょう。基本的に余計な情報も入ってこないので、それも思考したりアイディアをひらめいたりしやすくしているかもしれません。

 ただそれは「サウナ」の効能とは言い切れず、あくまでサウナに慣れている人、サウナがリラックス環境である人限定であるということも重要です。熱さに慣れていない人にとっては、思考が鈍り、リラックスもできない環境であると考えられるため、万人にとっての「サウナ」の効能と謳うのは語弊があります。また、サウナに慣れていても高温環境では複雑な思考は通常の環境よりしにくいですし、他人とのコミュニケーションの中での思考には向かないでしょう。つまりディスカッションやミーティングに良い場所であるとは言えないと考えられます。

 

 今回はサウナとひらめきについて考えてみました。サウナが好きでサウナに慣れている人にとっては、サウナ室は時にアイディアをひらめかせてくれる場所であると言えそうです。しかしそれを誰にでも当てはまる「サウナの効果」と考えたり、人とのコミュニケーションを伴うディスカッションや会議まで効率よくできる場と謳うことには疑問を感じます。一人静かにリラックスして入るからこそ、アイディアも浮かぶということですね。

 

参考文献

NEOSAUNA. "Benefits of Sauna Therapy"

NHK健康ch「NHKスペシャル「人体」”脳”すごいぞ!ひらめきと記憶の正体」 

Seppänen, Olli・ Fisk, J William・Lei-Gomez, Quanhong(2006)"Effect of Temperature on Task Performance in Offfice Environment"

The Renegade Pharmacist. "Sauna Benefits For Longevity, Health, Immune System & More…"

庄司卓郎・江川義之・輿水ヒカル(2003)「環境温度の違いが作業パフォーマンスに及ぼす影響」、産業安全研究所、『産業安全研究所特別研究報告』28、pp.49-61

ヘレーン,フレドリック(2005)中妻美奈子(監訳)・鍋野和美(訳)、『スウェーデン式 アイデア・ブック』、ダイヤモンド社 

 

*1:NEOSAUNA

*2:The Renegade Pharmacist

*3:中国、北宋の文学者・政治家。

*4:デジタル大辞泉「三上」の項

*5:ヘレーン、p.63

*6:同上

*7:番組の情報はNHK健康chより

*8:Seppänen・ Fisk・Lei-Gomez

*9:庄司・江川・輿水、p.55

*10:同上、p.59