Saunology -Studies on Sauna

Saunology -Studies on Sauna-

サウナについて調べ、考え、まとめるブログ。知れば知るほど、サウナにはまだまだ謎がある。その謎を解き明かしていくために、サウナについて様々な角度から考察してサウナ理解を深めます。身体で感じるだけでなく、頭で仕組みを考えるとサウナはもっと楽しい。サウナ好きがサウナをもっと知りもっと楽しむために始めたサウナ考察ブログ。 お問合せは下記までどうぞ。 saunology37@gmail.com

サウナエッセイ

 このところ、冊子の第二弾の作成に時間をあてており、記事が更新できておりませんでした。サウナに関する書籍も最近は増えてきて、出版社を通したものだけでなく、私たちの冊子のようにサウナ好きが自分たちで作る冊子なども増えてきました。そんな中、20年ほど前に日本で翻訳本が出版された「サウナエッセイ」を見つけました。今回は、このサウナエッセイについて紹介します。

  

サウナエッセイ『アルヤ こころの詩』

 フィンランド人のアルヤ・サイヨンマーさんのエッセイの日本語翻訳版が出版される、という話題が2002年の『読売新聞』で取り上げられていました。

「温泉にでも入って、ゆっくりしたい」。疲れた時、こう願う人は多いはず。日本人にとって入浴が安らぎであるように、フィンランドの人たちにとってはサウナが大切な憩いの場だ。
本書の原題は『サウナ』。フィンランドの国民的な歌手で、平和運動の活動家でもあるアルヤ・サイヨンマーが、サウナから得られる「癒やし」をつづったエッセー集である。彼女にとって大切なのは、湖畔のサウナで自然との一体感にひたりながら、自らのルーツに思いをはせるひととき。詩情豊かな文章が読む者にもくつろぎを与えてくれる。

 日本語のタイトルは『アルヤ こころの詩-サウナと神話に癒されてー』ですが、原題は『サウナ』であるというこのエッセイ、内容を見てみると確かにサウナが中心のエッセイです。

サウナエッセイ

 

 著者のアルヤ・サイヨンマーさんは、フィンランドの歌手・女優・詩人・作家であり、さらに平和運動の活動家としてヨーロッパでは有名だそうです。クラッシックからポピュラー・ソングまで幅広く活動し、フィンランド・タンゴという新しい音楽ジャンルも開拓したそうです*1。1987年にはUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の親善大使にも選ばれていて、国際的な難民救済に携わっていたそうです。

アルヤ・サイヨンマー

(画像出典:清流出版株式会社HP、加登屋のメモと写真

 

 エッセイ本の日本語版出版を記念して、2002年に東京でチャリティーコンサートも行われています。日本サウナ協会(現日本サウナ・スパ協会)の「SAUNA」にはチャリティーコンサートの告知記事が掲載されています。収益は難民救済活動にあてられたそうです。

 この記事によると、アルヤさんはこの年、スイスのチューリッヒで開催された第13回国際サウナ会議の舞台でも歌を披露したといいます。

国際サウナ会議での自己紹介で「これまでの私の原点はサウナにある」と話すほどで、この著書はサウナを通して魂と肉体の”癒し”の大切さを問いかけると同時に、北欧や母国のフィンランドに対する深い愛情や想いを伝えてくれるエッセイである*2

 「原点はサウナにある」と言うアルヤさんのエッセイ、どのような内容なのでしょうか。

 

サウナ浴の様子  

 『アルヤ こころの詩』の日本語版の「はじめに」には次のように書かれています。

私は以前から、日本の文化に、とくに日本古来の温泉や入浴にかかわる文化に、深い憧憬と敬意を抱いてきました。(中略)

みなさんが、サウナのことについて、そして私が生まれ育ったフィンランドに古くから伝わる神話や家族の伝統などについて楽しんでいただけることを心から願っています。フィンランドでは、サウナが生活そのものに密着しています*3

 日本の温泉や入浴文化について触れられています。日本も沐浴の文化が豊かな国の一つなので、長いサウナの歴史を持つフィンランドの文化と親和性はあるのかもしれないと感じます。また、「はじめに」には次のような記述もあります。

サウナを浴びてからの一時間三十分後、女性は最も美しくなるということを覚えておいてください。男性だって同じです*4

 フィンランドの格言にはA woman looks her most beautiful after the saunaというものがあると言われていますが*5、アルヤさんは男性だって同じだと言います。女性も男性も、サウナ後が最も美しいということです。

サウナの女性

(画像出典:【サウナー必見】フィンランドにあるサウナのことわざ8選 | おふろライフ

 

 このエッセイは、全編を通してサウナと共に生きてきたアルヤさんの、サウナのエピソードや神話が綴られていますが、シンプルに一人でサウナに入る様子を読むだけでもおもしろいです。火をつけてサウナを準備するところから詳細に描写されています。下記はその一部です。

換気をよくするために窓はすべて開ける。サウナの空気はいつも清潔に保たなければ。最後に使った人の湿り気が残っていては駄目。火をたきつける間に出る煙がこもっても駄目。三十分ほどで、最初の火入れが「整う」。丸太が燃え尽きる頃、サウナは暖かくなる*6

スモークサウナ

 (画像出典:フィンランドで外せない!サウナの全てを徹底解説!- タビナカマガジン

 

 そして、サウナの準備ができたところで、アルヤさんは最上段に座ります。

最初の乾いた空気が何といっても一番。だから、石に水をかけるのはまだはやい。体が温まるまで、この最初の温もりに身を委ねていよう。乾いた熱は、体の芯まで届くから*7

サウナと汗

(画像出典:Sweating in sauna might help keep brain healthy: Finnish study | geo.tv

 

 フィンランドサウナと言えばロウリュ!と思ってしまいますが、1セット目、最初のサウナの楽しみ方は「乾いた空気」だといいます。「乾いた熱は、体の芯まで届くから」というのは、確かにそうだなと感じます。ロウリュをして蒸気の熱さが加わると表面の熱さで身体の芯まで熱が届く前にサウナ室を出てしまいがちです。 そして、十分に温まったところで湖に入ります。

水の中に降り立つ。水深は浅い。水底は固い砂地。水の中を歩くのは気持ちがいい。膝上まで水に浸かるまで歩いてから、波間に身体を投げ出す。はじめは冷たく感じるけれど、少しすると、とても爽快な気分になる。しばらくの間、潜ったり泳いだりする。それから向きを変え、砂地に両手がつくまで、ゆっくりと滑るように進む。水面から顔を出したまま、静かに葦の中をワニのように進む。子供の頃、みんなで真似たワニそっくりに*8

サウナと湖

 (画像出典:サウナ+湖体験ツアー マイスオミ

 

 ワニのように水を楽しむ、水風呂ではできない贅沢な楽しみ方ですね。なんとなく、深い湖にどぼんというイメージだったので、浅い湖を楽しむ描写が少し意外でした。そして、休憩です。

小さなタオルをからだに巻き、サウナ小屋の前のデッキに腰を下ろす。ただ静かに座り続ける。ゆるやかに時が流れる。

至福の時が。

そして寄せてくる、やすらぎの波が。ゆっくりと、ためらいがちに。それから、どっと疲労感が私を包む。体内の緊張がほぐれはじめる。下へ内へと、私は沈んでいく。その輪郭が、目の前の森のやわらかな境界線にかき消されてしまっている、やすらぎの湖の中で*9

  休憩のときの心地良さを思い出すような描写です。そして、2セット目に向かいます。

 ふと我に返ると、肌は冷めていた。サウナデッキからサウナに戻る。サウナの温もりが前にも増して心地よい。今度はロウリュを投げる(サウナかまどの上の過熱された石に打ち水をして水蒸気を発生させる)番だ。私はロウリュを投げる。でも、考えてみれば不思議な気がする。水蒸気になった水のことをロウリュというのに、投げる前からロウリュだなんて。ロウリュが魔法といわれる所以ね。サウナの空気が蒸気で湿り、体はいちどに温まる。もう一度、水の中に入って泳ぐ*10

 ロウリュをするのは2セット目から、ということですね。この本では一貫して「ロウリュを投げる」という表現になっています。 ロウリュを投げる、「かける」「する」とはまた違った印象を持ちます。

ロウリュ

(画像出典:Finnish sauna tradition seeks UNESCO recognition | poandpo.com

 

サウナのエピソード

 この本にはアルヤさんが経験したこと、聞いた話など、サウナにまつわるエピソードがたくさん描かれています。公共サウナで客の体を洗う仕事をしていた「サウナおばさん」の話*11や、なかなか赤ん坊が出てこなかった妊婦さんのお腹をヴィヒタで叩いたらその日に無事男の子が誕生した話*12や、戦争中のサウナの話*13など、興味深いエピソードがたくさんです。

 その中でも、ロウリュの「お手伝いの娘の石」は興味深かったです。アルヤさんたちがサウナに入っていたときに、年配の女性たちから聞いた話です。まず女性たちがロウリュをする様子が描かれています。

女たちは大きな声で「ロウリュをもっと投げて」といいつづけた。ロウリュっておかしな響きがする。それは単に蒸気のことをいうのではなく、投げる行為すべてを指していうのだ。「ロウリュは霊魂なのよ。人生のすべてを理解しなくていいの」と女たちがいった。女たちは、思い思いに、自分のやり方で、ロウリュを投げた。多めに投げる者もいれば、少なめに投げる者もいた。投げる量によって、ロウリュは竜のように、ふーっと大きく息をついたり、しーっと小さく息をしたりした*14

 原文の表現はわかりませんが、ロウリュ後の石の描写が秀逸です。翻訳もうまいのでしょうね。そして「お手伝いの娘の石」の話が出てきます。

ひとりのお年寄りが”お手伝いの娘の石”に投げるように、といった。

この言葉も奇妙な感じがした。”お手伝いの娘の石”って何なのだろう?きいてみた。女の人達がいうには、田舎では、いつもお手伝いの娘たちが最後に湯浴みをしたという。その頃になると、サウナがほとんど冷たくなっている。しかし、お手伝いの娘たちはキウアスの中の一番奥の、まだ温もりのある石をうまく見つけた。それで”お手伝いの娘の石”という名がついたという。一回に、ひとつの石に投げるのがいいのだ。そうすれば、ロウリュを節約できるから*15

  サウナのイベントなどで、人が多かったりすると石を冷やしすぎるケースがあり、それに言及する人もいますが、冷えてしまっても温かい石を見つける、そんな視点があるとストレスを感じるだけでなくそんな事態を楽しむことができるかもしれません。効率よくロウリュをする、という点でもおもしろいエピソードです。

 また、女性の視点で語られていることもこの本の魅力の一つです。例えば、夏至祭のサウナについて「今日はサウナを徹底的に綺麗にしよう。男たちにはそれができない。頼んでも、ベンチをざっと掃いてそれでおしまい。夏至祭のサウナのお掃除はそんなものではない」*16という記述があります。また、「サウナについて書かれた物を読むだけで、サウナが昔から男のものであることがよくわかる。それにもかかわらず、いや、おそらく、それだからこそ、私は好んでフィンランドのコラムニストやジャーナリスト、作家、いろんな男たちが書いたサウナ体験やサウナとのかかわりについて書かれたものを読む。その関係は、暖かく繊細なものだ」*17という記述もあり、男女差についてもうかがえます。

 

 サウナと神話

 実際に経験したエピソード以外にも神話についての記述、彼女の詩的な表現などがたくさん綴られているのもこの本の特徴です。例えば、「サウナ」の起源としては次のような話が出てきます。

 昔、ラップランドを渡る一羽の雌の冬鳥がいました。冬のラップランドは一面雪と氷で、休むところもなく、冬鳥が氷に着地すると氷の表面が割れて、鳥は湖に沈みます。冬鳥は「なんて柔らかいのだろう」と思いながら水の中で翼をばたつかせます。この小穴は冬鳥にとって暖かく、安全で、居心地のよいくぼ地の巣となりました。ある日、ひとりの男が鳥の巣に躓いて、「セ、サウン」と言いました。「サウン」はこの男の母国語で、「ラップランドの鳥のための雪のくぼ地」であり、これがサウナという言葉の源である、という話です。このパートは「数千年前には、『雪の中の安全なくぼ地』を指していた。そして、それ以来、変わっていない。サウナは内から、外から、寒さを防いでくれる場所なのである」*18と結ばれます。

ラップランド

 

「サウナ」が「ラップランドの鳥のための雪のくぼ地」を意味する「サウン」からきている、というのはNTTグループカードWEBマガジンの記事にも書かれていました。

ちなみに、「サウナ」とはフィンランド北部のラップランドで暮らすトナカイの遊牧民、サーミ人の言葉である「サウン」が語源という説も。「ラップランドの鳥のための雪のくぼ地」という意味の言葉が、雪の中の安全なくぼ地、つまり寒さから守ってくれる場所となり、日々の暮らしに安らぎを与えてくれるサウナと呼ばれるようになったとか*19

 語源とされている説の一つなのでしょうが、おもしろいです。

 

 今回は、20年ほど前に日本語版が出版されたサウナエッセイ、『アルヤ こころの詩』について紹介しました。サウナに入って感じることなど共感できるところもたくさんあり、またフィンランドと言えばやはりそうなのか、と思うような文化も見てとることができて、一方でびっくりするようなエピソードもあり、読み応えのある一冊です。20年前にも新聞で紹介されるほど注目されていたのでしょうが、「サウナブーム」と言われる今、改めて需要のある一冊かもしれません。

  

参考文献・資料

Harris, Katheleen. "7 Finnish sayings that tell you all you need to know about sauna"(2017/6/26)(最終アクセス日:2020年12月11日)

NTTグループ、「極寒の大地が生んだ癒やし サウナでひと息」vol.86、『Trace』(最終アクセス日:2020年12月11日)

サイヨンマー,アルヤ(2002)森平慶司(訳)『アルヤ こころの詩-サウナと神話に癒されてー』清流出版 

社団法人日本サウナ協会「SAUNA」314号(2020年9月15日発行)

『読売新聞』「『アルヤ こころの詩』アルヤ・サイヨンマー著」、2002年10月23日、朝刊

 

 

*1:『アルヤ こころの詩』著者紹介

*2:社団法人日本サウナ協会「SAUNA」314号

*3:『アルヤ こころの詩』「はじめに」

*4:同上

*5:Harris, Katheleen

*6:サイヨンマー、p.9

*7:同上、p12

*8:同上、p.13

*9:同上、p.14

*10:同上、p.15

*11:同上、p.49

*12:同上、p.65

*13:同上、p.186

*14:同上、pp.62-63

*15:同上、p.63

*16:同上、p.82

*17:同上、pp.198-199

*18:同上、p.38

*19:NTTグループ